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大倉が安田の乱れた前髪に触れようと手を伸ばすと、安田は体を強ばらせた。
「な、何?」
「や、花びらついてる」
「あ、そうか。ありがとぉ。もう咲いてんのもおるんやね」
安田の髪に絡んだ桜の花びらをとった大倉は「こないだは、ホンマ、ごめん」と陳謝した。
「なんのこと?」
「いや、その、ほら」
「(笑)反省してんねや」
「してるよ。俺、あれからオナ禁や」
「うそやん!」
「ホンマ。最近悟りかけてきたで」
自嘲気味に笑う大倉の、股関を安田は思わず凝視する。
「あんま見るなよ」
「ごめん」
「オナニーってさ、してる時はええんやけど、終わった後30分くらい、罪悪感っていうか、死にたくなるやん、またやってもうたって。でもな、ヤスに泣かれた時のほうが、もっと、死にたなって。ホンマに、もう。あんなんはイヤや」
強い風がまたふたりを吹き付け、やむとすぐ安田は大倉の股間を撫であげた。
「あっ!いやんっ、なにするん!」
「女みたいな声出しなや」
「お前、アホか!いきなり触るからやろ!」
大倉はやや前傾姿勢になって言い訳をする。
「心配や」
「え?」
「心配や。お前、ちょっとストイック過ぎる」
「そうかな」
「ひとりでやり遂げるんもかっこええけど、ふたりでできることもようさんあるで?」
「なら、ふたりでできること、してもええ?」
「うん?」
大倉は指先で安田の頬に触れてからゆっくりと顔を近づけた。安田が自然と瞼を閉じたので、太い幹に小さな身体を押し付けて、軽く唇を合わせてからだんだんと深く口づけていった。
キスの最中に安田が目を開けたので、目が合ってしまい少し照れた大倉だったが、重たいギターケースのショルダーを落として細い体をかき抱き、もう一度唇を貪った。
「おー、くら」
「ヤス?」
「なんか、入った」
安田は大倉を押しのけて、自分の口の中に指を入れ、異物感の正体を取りだした。
「桜や」
安田は摘まみ出した花びらを大倉に見せる。
「桜に邪魔された…」
大倉はがっくりと肩を落とす。
「あ。おーくら、ちょっと動くなよ」
「え、何?」
「虫ついとる」
「うわっ!とって!とって!」
安田は大倉の肩口にとまっていたカナブンを救助すると、根元近くで咲いていた桜の花の上にのせた。
「ヤス、お前どんだけ優しいねん」
「そぉかぁ?」
と安田は呑気に返答するのだった。
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