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社会秩序
青い空と眩い朝日に目を細めながら、春の香りと湿気の混じった初夏の風を、さも自分のものであるかのようにして自転車を走らせた。
「おい、君!君だよ君!」
駅前に自転車を置いて行こうとすると、目の前の見知らぬおじさんが僕を呼び止めた。50代後半のスーツを着た、白髪交じりで眼鏡をした神経質そうな男だ。
「君、あそこに何て書いてあるか読める?」
僕の後ろの看板をその人は指差した。
「駐輪禁止って書いてあるの。ここ、止めちゃいけないの、分かる?」
「はあ・・・・」
僕は呆気にとられて、そう息を漏らした。諦めたのか、時間がないのか、男はそれだけ言うと駅に向かう人々の列に混じって消えた。
僕も構わず、自転車をそこに置いたまま駅に向かった。
内心は苛立っていた。せっかくの気分がこうも簡単に台無しにされて。あんなに自転車がある中で、どうして僕だけが言われなきゃならない。
あそこで僕が素直に言うことに従えば、あの男は満足したのだろうか。正義感からなのか何だかは知らないが『自分は正しいことを言っている。君は間違っている』という態度で注意されたって、そんな薄っぺらな言葉じゃ、お互いの苛立ちを増幅させるだけだ。
本気で駐輪を止めさせたいのなら、毎朝早い時間からあそこに立って一人一人を注意するか、そんな時間がないなら区に頼んで何かの対策をとってもらうか。
そんな努力もせずに、ただ目の前の行為が腹立たしかったから言ったのであれば、それはただの八つ当りだ。それを言うだけ時間の無駄になる。
僕は電車を待つ行列に並び、自分の中の苛立ちを抑えようと必死に言い訳を並べていた。
どうしてこうも殺気立つのかと考えてみれば、この世界が不確かで不条理な世界だからではないかと思い浮かんだ。いくつもある考えの中から多数決によってそれが正しいとするのが人間社会の回答。
現にそうやってこの国は成り立っている。少数派の意見は多数派に追いやられ、常識がないなどと罵声を浴びせられ、淘汰される。
より良い社会を目指し、劣っているとされた人種は差別され、隅の方で小さくなって生きるか、それさえも許されずホロコーストか。
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