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半ば強制的に誘われた飲み会に行くことになった。後から考えれば、金がないと言えば簡単に断ることができた。
頭の回転が鈍いのは昔からだ。その場で返す言葉が見つからず、後で腹が立つことも多い。相手に返せない言葉は自分を責めることで解消される。その傷を煙草で酒で洗い流す。気付けば逃避ばかりの人生だ。
「それでは、社会心理の授業を始めます。まずは出席から・・・・」
講師が来てすぐ出席を取り始めた。人数は五十名前後といったところだろうか。長方形の大きめの部屋に置かれたパイプ椅子はほとんど埋まっている。社会心理の授業は必修科目のため、人が多いのだろう。
「・・・・伊藤恭子」
「はい」
志穂の隣の恭子が返事をした。
この大学では代返ができないように授業の最初に出席を取り、最後に配られる色のついた紙に名前を書く。毎回紙の色が異なり、机ごとに人数分のみの枚数しかもらえない。最初の出席の返事がなければ遅刻扱い、最後の紙がなければ欠席。遅刻三回で一回の欠席扱いというシステムだった。
「・・・・菊池和美」
「は・・・・い・・・・」
ぼーっとしているうちに自分の名前を呼ばれ、声が掠れた。
「ん?菊池和美さん・・・・います?」
「はいっ!」
手を上げて叫んだ。右に並ぶ彼女らからはクスッという音が聞こえた。
「カズ、手は上げないでいいって」
「まあ、カズらしいけどね」
それは嘲笑としか思えなかった。腹が立つというより、急に恥ずかしさが込み上げた。皆が僕を馬鹿にする時のように。僕は背を丸めてそれに堪えた。
『あなたのクラスの尾崎・・・・麻子ちゃん?変わってるわね。女の子なのに男の子みたいな格好してるの?半ズボンで坊主だなんて』
小学校の頃、友達を家に連れてきた時の母の反応だ。当時はまだ今程、性同一性障害というものが知られていなかった。
『言葉も男の子みたいに乱暴で、本当に変わってる子。和美あんな子と仲いいの?』
小学校三、四年になると家だけでなく学校でも "男と女" の区別がはっきりとされるようになった。本当は男子と遊びたかったのだが『お前は女なんだからサッカーなんかやんな!』と言われたり、男子と仲良くしていると女子たちが『二人付き合ってるの?』と言って男子が自分を避けるようになった。
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