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しかし次の瞬間、
男の下げた頭に染み付いた、辛い悲しみの匂いを、
倫子は感じとっていた。
それは死者を弔う線香の匂いだった。
しかも、三日三晩、煙絶やさぬ部屋で、
故人との思い出に明け暮れた、深い悲しみの匂いだった。
「どなたか、お亡くなりになったんですか?」
大人をからかう無邪気な顔から一転して真顔になり、
精一杯の思いやりを込めた目で尋ねられた宇崎は、
不意をつかれて動揺し、
恥ずかしいとは思いながらも、
目から溢れる涙を堪えることができなかった。
「・・・先日、妻を亡くした。
まだ、二十二才で、去年結婚したばかりだった・・・」
「ご病気で?」
「事故だった。
車に轢き逃されて、まだ犯人が捕まっていない。
その日は土砂降りで、
証拠はすべて流れてしまって、
目撃者もいなかったから、
警察も犯人を挙げるのは、難しいと言っている。
お願いだ!
君の力を貸してくれ!
僕と一緒に、妻を殺した奴を捜してほしいんだ!」
涙の匂いは幾つも知っていたが、
この時倫子は、
この世で最も愛する者を失った時に流す、
苦い涙の匂いを知った・・・。
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