【第3話】シャンプーの匂い(無料)

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「いらっしゃいませ!何にいたしますか?」 倫子(のりこ)が学校帰り、 友達とよく行くファーストフードの店員は、 カウンターの上にかかげられたメニューに 0円と書かれたスマイルを必ず振る舞ってから、 注文をとる。 義理堅い倫子は、 いつもそのスマイルに倍の笑顔でお返しをしていたが、 ある日、 男の店員に勘違いされ、 しつこくつきまとわれた経験があるので、 それ以来、社交辞令程度にとどめている。 若い女の子がスマイルを安売りするものではないと、 倫子はその時学習した。 どこの店でもそうであるように 「ごゆっくりどうぞ」 と言いながら、 滞在時間を少しでも短くしようと設計された、 喫茶店よりは明らかにクッションの悪い椅子で、 倫子はテーブルにハンバーガーとコーヒーを並べて、 人を待っていた。 きのうの夜、突然部屋を訪ねてきて、 「妻を轢き逃げした犯人を探してほしい」 と言って、 倫子に頭を下げ涙を流した関東スポーツ新聞の記者、 宇崎を待っている。 去年、結婚したばかりの妻を交通事故で亡くし、 しかもそれが轢き逃げで、犯人はまだ捕まっていない。 警察の話では、事件当夜大雨が降っていて、 捜査の手がかりとなる車の塗料や 壊れた破片がすべて流れてしまい、 犯人を捕まえるのは難しいと言われてしまった。 自分と結婚し、 幸せを満喫し、 これからの人生に 大きく夢ふくらませていた妻、恵美子の 無念な気持ちを思うと仕事も手につかず、 宇崎は仕事を休んで、 新聞社の名刺をフルに活用し、 自ら犯人探しをやっていた。 しかし、 「轢き逃げ事件では検挙率を誇る警察」 でさえ諦めている犯人を、 素人の宇崎に探し出せるわけがない。 何の手がかりもないまま三日三晩歩き回り、 クタクタになって戻ってきた部屋で宇崎は、 妻のいない静寂に耐え切れず、テレビをつけた。 けっしてニュースでは報じられない 超能力の番組をぼんやりと眺めながら、 まことしやかに語る司会者の語り口にウンザリし、 チャンネルを変えようとリモコンに手をのばしたその時、 嘘つき集団には似ても似つかない少女がテレビに映し出され、 宇崎は手を止めた。 それが倫子だった。
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