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マスコミに関わる宇崎は、
メディアのヤラセや嘘をいやというほど見てきているから、
超能力や霊能力など、一切信じていない。
しかし、倫子の見せた能力は、
宇崎にも否定しがたいものがあった。
宇崎はその場で、
テレビ局に勤める友人に電話をし、
裏から手を回して倫子の住所を聞き出し、
ワラをもつかむ思いで、訪ねて行ったのだった。
「ごめん、待った?電車が止まっていて・・・」
まるで恋人を待たせたような言い訳をする宇崎に、
倫子はムッとした。
店の客の半分は、倫子の学校の生徒である。
ボサボサの頭で、
よれよれの背広に履き古した皮靴の男を、
自分の恋人だと思われたらたまらない。
その無神経さをたしなめるように睨むと、
宇崎もすぐに気がついたのか、
人なつこい笑顔をこわばらせ、
何を思ったか、
あわてて髪をなでつけ、
ネクタイを直して、
今度はまるで、
見合いの相手を前にするように背すじをのばし、
倫子の前に座った。
「恵美子が使っていたと思われる物は、すべて持ってきた」
大きめの手さげ袋には、
化粧品やシャンプーにコンディショナー、
ハミガキ粉まで無造作につめ込まれていて、
宇崎は袋の中身を
ひとつひとつテーブルの上に並べはじめた。
このままでは、
恋人どころか、
駆け落ちの噂が学校中をかけ巡ってしまう。
倫子は慌ててその手を押しとどめ、
手さげ袋を受け取った。
そして、倫子はまず、
その中に香水のたぐいがないことを確かめると、
シャンプーとコンディショナーを探して、
取り出した。
「シャンプーだろ。そんなものが役に立つのかい?」
それには答えず、
倫子はテーブルに並べたシャンプーを一滴、
手の甲にすり込み、
同じようにコンディショナーをすり込んだ。
「宇崎さん。
恵美子さんの匂いで一番印象に残っているのは、
どんな匂いですか?」
「なんの匂いかはわからないけど、
甘く、清潔な匂いだった」
倫子は、手の甲を宇崎の鼻先につきつけた。
「それは、こんな匂いでしたか?」
フイをつかれた宇崎は、
その匂いが鼻をついた瞬間、
それほど遠くない記憶の世界に
いきなり放り出された。
そこは、
新婚旅行に行った宮崎の海岸で、
潮風に髪をなびかせ、
澄んだ瞳を輝かせながら
幸せいっばいの笑顔を見せる恵美子が、
目の前に立っていた・・・。
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