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これは、私と文学青年の物語。
私--響野月花(ひびきのつきか)は十九歳。女子大生。大学の法学部在学中。
趣味はなし。特技なし。
夢もなく、進学しろと言う親の言いなりに、近場の大学の法学部に進学。
夢のない人間が、大学ですることなどなかった。何をしたいわけでも、将来の目標もない。毎日、学校、バイト、睡眠のサイクルを繰り返す。そんな平坦な日々のサイクルだった。
しかし、あの日。私は文学青年-泉水遙人(いずみはると)と出会った。
あの日が、私と彼の物語の始まりであった。
あの日、私は受診に行く祖母をかかりつけの大学病院まで送って行った。
そのため、彼女の受診が終わるまで病院内で暇を持て余すことになった。
時間を有効に使うため、私は、課題レポートの参考図書である泉鏡花の『高野聖』を手に、院内を彷徨っていた。
そうして辿りついたのは「外科室」の前。いかにも病院らしい白で統一された壁と、殺風景な内装の静かな空間だった。
聞こえるのは自分の足音だけ。静かなフロアは、閑散としていて寂しげだが、読書に集中できそうだった。
私はソファーに座り、持ってきた古い文庫本のページを開いた。
この本におさめられた表題作他五篇中の一つを取り上げ、泉鏡花やその作品について述べるのが、今週のレポート課題。
文学に興味がある訳ではない。ただ、楽に単位が取れる授業だったから。本を読むことは、嫌いではないが積極的に読もうとは思わない。
しかし、レポートを出せば単位が貰える。それためには、多少なりとも本を読まなければならない。
気だるげにページに目を落とし、読みにくい日本語の羅列を追っていく。
その時、自分以外の足音に気づいた。
正体を確かめようと、のろのろ視線を起こす。
すると、そこには病衣を纏った青年が立っていた。
黒い癖っ毛に、真っ白な肌。顔のつくりは繊細で、美しかった。女にも男にも見える中性的な顔立ちで、かっこよくもあり、可愛らしさもあった。
その手には、文庫本が握られていた。
(誰・・・?)
殺風景な外科室の前に、唐突に現れた青年。
その瞳は、真摯な光を宿し、私に注がれていた。
真剣み溢れる眼差しに、何をした訳でもないのに、緊張して、私は彼から目が離せなかった。
「素晴らしい」
(?)
「なんて、素敵なんだ」
それが、文学青年--泉水遙人の第一声だった。
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