第2話

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泉水遙人は、私より一つ年上。柔らかそうな癖っ毛と、朗らかな笑顔が特徴の美青年だった。 彼は『文学青年』だ。 この世のありとあらゆる本を読み漁り、文学と本に骨の髄まで心酔し、愛している。活字離れが進む現代では、変わり者と言っても過言でない。 普通とはかけ離れた思考を持つ文学青年は、一般人のセオリーには当てはまらない。 あの出会いも、そんな文学青年らしい常識とはかけ離れた運命であった。 (なななな、何なの!?) いきなり投げかけられた称賛に、私は立ち上がることもできず、固いソファーの上で硬直した。 見ず知らずの青年に、突然美しいと言われる。甘々な恋愛小説でしかお目にかかれなさそうな非常識な現実。 思考が追い付かない。 茫然とする私をよそに、青年はあくまでマイペースに行動した。 私の目の前まで来て、その足元に跪く。そして、私の手を自分の手で包み込み、そっとキスを落とした。 ただし、私の手ではなく、私の持っていた本にだ。 「・・・っ!?」 「ごめんなさい。ちょっと、失礼」 現実逃避しかけた私をよそに、彼はその手の中からそっと文庫本を取り上げた。 そして、愛しい恋人でも見つめるような甘い眼差しで見つめ、また表紙に口づけた。 私は考えることを放棄した。ただただ、見目麗しい青年が色あせた文庫本にキスするのを、間抜けな顔で見つめていた。 「高野聖。星あかり。海の使者・・・。どれも最高だよ、鏡花! 君の物語は怪しくも美しい。とてもいい」 ワルツでも踊りだしそうな様子で、青年は古い文庫本を女神か何かのように褒め称える。 現実離れした光景に、ドン引きすることすら出来なかった。 次の瞬間、青年は目を光らせて寄って来た。 「君は、鏡花の、どの作品が一番好き? 高野聖? 海の使者? 星明かり? 草迷宮や歌行燈なんかも素敵だよね。それとも、外科室?」 何を言っているのか、さっぱりわからない。 そんなこと聞かれても、分からない。私には、彼の言葉は意味不明で、異国の言語のように聞こえるのだった。 「どれもいいよね。鏡花独自の幻想世界は、複雑な作品もあるけど、どれも美しくて、蠱惑的で、魅せられる」 分からない。もう無理だ。 私は反射的にその場を駆け出していた。 得体の知れない青年に、課題に必要な本を取られたままであることに気づいたのは、外科室から遠く離れ、帰宅した後だった。
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