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「いや、アルバイトをはじめるでありますよ、冥加温泉宿、仲居のアルバイトでありますな」
「剣道はやめちゃうのか?」
「家でも鍛錬はできる故、さほど影響はないでありますよ」
仲居のアルバイトか……まずはその髪の毛を切りなさいと注意されないだろうか。
冥加はこの街でも一、二を争うほどのシェアがある温泉宿で、旅行雑誌にも載ったことがある有名な宿だ。入浴料は五〇〇円と学生にとってはちょっと高めだが、学生証を見せると二〇〇円割引になる。俺はテストの後によく入りに来ていた。
仲居のアルバイトはとにかく厳しい倍率で、希望者が何人にようと合格者は1名限りで、時給がかなりいい。近くにある24時間営業でないコンビニや、駅前周辺の商店街で働くよりもよっぽどいいので、募集をするたびに100名近くの女子が集まるらしい。明らかにうちの町のほとんどの女性が向かっているのではないかと思うくらいだ。
俺もなにかバイトでもしようかな、そうすればアリエスが説教受けてる場面を目撃しなくて済むし、お店は探せば色々とあるだろう。
しばらく瑠珈と話しながら待っていると、春音姉がこちらに寄ってきた、女生徒の相手をするのにちょっと飽きてきたらしい。
「春音殿、お久しいでありますな」
「瑠珈、冥加に受かったそうね、おめでとう」
「運が良かっただけでありますよ、では、私はこれにて」
と言って帰ろうとすると瑠珈も女生徒に囲まれていた、武士的なところが格好いいと姉ほどではないにせよ人気がある。困ったでありますなという声が聞こえてくる。
「一太、頬が少し腫れているわ、また殴られたのね」
「まあ、そういうことになるかな」
「私の大事な大事な弟、傷つけるなんて許されることではないわ、あの娘には覚悟を決めて貰わないといけないようね」
よかった、今日はそれほど怒ってはいないようだ。
入学式というハレの日というのもあるのだろう、新品の制服撫でるようにして、大きくなったわね、とつぶやく。それ昨日もやったやり取りなんだけど、春音姉にはなにか意味のある行為なんだろうか。
その時である、明らかに他の生徒とは違う真っ黒な制服を着ている、ちなみにウチの高校の女子の制服は白のセーラー服にスカートである。黒という時点で別格だとすぐに分かる。
「キミ、なんだねその格好は、ちゃんと規定通りの制服を着なさい」
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