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「おなかが空いたね。どこか店があれば、そこで飯にしよう」
宇崎の妻、
恵美子を轢き逃げした車の匂いを追って、
もう二時間あまりになる。
十代の倫子の足に合わせて歩いてきた宇崎は、
そろそろ息が切れてきた。
「あの店がいいわ」
『究極のラーメン』
と書かれた看板はひび割れ、
店構えの古さだけが伝統の味を伝えているラーメン屋を、
倫子は指差した。
「ラーメンでいいのかい?
もう少し行けばファミレスも、あると思うけど」
「車が一度、あの駐車場に入れているの」
「えっ?」
そのラーメン屋の脇には、
『無断駐車お断り』
と立て札をした、
車二台も止めれば満車なってしまう空き地があった。
「いらっしゃい!」
やけに愛想のいい初老の店主は、
誰もいない店を無理矢理活気づけようと、
店中響きわたる声で二人を迎えた。
詮索好きの店主は、
着古したコートでボサボサな頭の男と、
若くてとびきり美人の女との関係を、
しきりに品定めしたが、
とうとう思い当たらず、
「どういうご関係で?」
と聞きたいところを必死に抑え、
「何にします?」
と注文を聞いた。
「みそラーメンをください」
まるで原宿で女子高生に、
クレープを注文されたみたいで、
思わずたじろいだ主人だが
「じゃぁ、僕もみそ」という男の声で、
現実に戻されてしまった。
「聞いてみたら?」
「なにを?」
「犯人は、このお店に寄っているのよ」
「そうか!」
『犯人』という言葉を
店主が聞き逃すわけがない。
男は刑事に違いないと確信した。
「おやじさん、ちょっと聞いていいですか?」
「やっぱり」
「えっ?」
「いや。
それで、なんでしょう?」
「今月のはじめ頃のことなんだけど」
「今月の初めですか」
「六日の火曜日、
夕方から雨が降り出して、
そのうち土砂降りになって、
夜中まで降り続いた日。
覚えてないですか?」
「雨ですか?
今月に入って、何度も降ってるからなぁ・・・」
刑事ドラマだったらこんな時、
まずは面倒臭そうに視線をはずして、
煙草の一服もつけるのが礼儀だが、
店内は禁煙なので、
「面倒はお断りだぜ」
とばかりに、
フキンでカウンターを拭く。
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