【第6話】どこまでも続く匂い1

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「まいったなぁ。 今日はもう諦めるしかないか・・・」 いくら自分の妻を轢き逃げした犯人を追っているとはいえ、 高速道路を徒歩で歩かせてくれるほど、 倫子(のりこ)の能力は世間に認知されていない。 考えてみれば、 相手は車で逃走しているのだ。 倫子の超人的嗅覚を疑う余地はないが、 徒歩でその痕跡を追うには、 やはり限界があった。 「お蔭で手掛かりも掴めたし、 警察にはうまく言って捜査してもらうよ。 本当に君には、 なんと言ってお礼を言ったらいいか」 「宇崎さん、 タクシーを拾いましょう」 「そうだね。 君の家まで送ろう」 運良く、 空車がふたりの方に向かってやって来る。 宇崎は手を上げ、車を止めた。 「どこまで?」 ふたりがタクシーに乗り込みドアを閉めると、 運転手はぶっきらぼうに聞いてきた。 宇崎はその言い方にムッとしたのだろう、 不調法を投げ返すように言った。 「調布だ」 「ちょっと待って運転手さん。 ねえ、宇崎さん。 ここで諦めることないわ。 もっと追い掛けてみましょうよ」 「そう言ってくれるのはうれしいけど、 このまま歩いて捜しても何日かかるかわからないだろ。 学校だってあるんだし君にそこまで」 「車で追いかけてもらうの」 「車で!? そんなことができるのかい?」 「やったことはないけど、 そんなにスピードを出さなければ、 追跡できると思う」 「本当かい?」 「乗りかかった船ですもの。 途中で放り出すわけにはいかないわ」 古風な表現で知的に目を輝かせて言うその顔に、 宇崎は倫子の育ちの良さを感ぜずにはいられなかった。 「お客さん、どうするんですか?」 明らかに不愉快な声で、 後部座席に振返り運転手は言った。 「それだったら車を替えたほうがいいかもしれない」 宇崎は運転手に聞こえないように、 倫子の耳元で囁いた。 行き先が定まらないまま出発し、 倫子の指示で、 ゆっくりと走ってもらわなければならないのだ。 この運転手が、 そんな面倒な注文に応じてくれるはずがない。 宇崎は、いったん車を降りて、 タクシーを拾い直さなければと思った。 「あれ?あんた、もしかして!」 運転手は、 さっきのぶっきらぼうな低い声とはうって変わって、 まるでソプラノ歌手のような高い声で叫び、 ルームランプを点けて、 後ろに乗り出すように倫子の顔を覗き込んだ。
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