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「まいったなぁ。
今日はもう諦めるしかないか・・・」
いくら自分の妻を轢き逃げした犯人を追っているとはいえ、
高速道路を徒歩で歩かせてくれるほど、
倫子(のりこ)の能力は世間に認知されていない。
考えてみれば、
相手は車で逃走しているのだ。
倫子の超人的嗅覚を疑う余地はないが、
徒歩でその痕跡を追うには、
やはり限界があった。
「お蔭で手掛かりも掴めたし、
警察にはうまく言って捜査してもらうよ。
本当に君には、
なんと言ってお礼を言ったらいいか」
「宇崎さん、
タクシーを拾いましょう」
「そうだね。
君の家まで送ろう」
運良く、
空車がふたりの方に向かってやって来る。
宇崎は手を上げ、車を止めた。
「どこまで?」
ふたりがタクシーに乗り込みドアを閉めると、
運転手はぶっきらぼうに聞いてきた。
宇崎はその言い方にムッとしたのだろう、
不調法を投げ返すように言った。
「調布だ」
「ちょっと待って運転手さん。
ねえ、宇崎さん。
ここで諦めることないわ。
もっと追い掛けてみましょうよ」
「そう言ってくれるのはうれしいけど、
このまま歩いて捜しても何日かかるかわからないだろ。
学校だってあるんだし君にそこまで」
「車で追いかけてもらうの」
「車で!?
そんなことができるのかい?」
「やったことはないけど、
そんなにスピードを出さなければ、
追跡できると思う」
「本当かい?」
「乗りかかった船ですもの。
途中で放り出すわけにはいかないわ」
古風な表現で知的に目を輝かせて言うその顔に、
宇崎は倫子の育ちの良さを感ぜずにはいられなかった。
「お客さん、どうするんですか?」
明らかに不愉快な声で、
後部座席に振返り運転手は言った。
「それだったら車を替えたほうがいいかもしれない」
宇崎は運転手に聞こえないように、
倫子の耳元で囁いた。
行き先が定まらないまま出発し、
倫子の指示で、
ゆっくりと走ってもらわなければならないのだ。
この運転手が、
そんな面倒な注文に応じてくれるはずがない。
宇崎は、いったん車を降りて、
タクシーを拾い直さなければと思った。
「あれ?あんた、もしかして!」
運転手は、
さっきのぶっきらぼうな低い声とはうって変わって、
まるでソプラノ歌手のような高い声で叫び、
ルームランプを点けて、
後ろに乗り出すように倫子の顔を覗き込んだ。
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