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倫子(のりこ)と宇崎を乗せたタクシーは、
第三京浜の料金所を出て、
環状八号線への分岐点にさしかかった。
「左の方へお願いします」
「世田谷方面ですね」
「はい。
すみませんが環状線に出たら、
できるだけゆっくり走ってもらえませんか」
「ガッテンだ!」
タクシーを始めて三十年、
いろいろな客を乗せたが遠藤だが、
ゆっくり走ってくれと注文つけられたのは、
これがはじめてだ。
普段なら適当に聞き流して、
いつもどおり走るところだが、
今日はそうはいかない。
路上駐車の車を巧みに避けながら、
左車線をゆっくり、
あたりを窺うように走っていく。
後続の車は、
パッシングしたりクラクションを鳴らしたりと騒々しいが、
遠藤はまるで動じない。
スピードメーターは、
20キロと30キロの間を行き来している。
「お嬢さん、こんなもんでいいですか?」
「はい。
でも、こんなゆっくりで大丈夫ですか?」
家路に向かうサラリーマンだろうか、
後ろにつけていた車は、
中央の車線に強引に割り込み、
明らかに不愉快な顔をこちらに覗かせて、
追い越していった。
「なんならもっとスピード、
落としましょうか?」
このドライバーなら、
きっと歩くスピードでも走ってくれるだろう。
しかし倫子は、
「これで十分です」
と、丁重にその心遣いを断った。
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