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「不思議だなぁ。
何日も前に走った車の匂いを、
どうして嗅ぎ分けられるんだろう?
毎日何万台も車が、
この道を走ってるっていうのに。
車の一台一台が、
それぞれの匂いを振りまいているんじゃないのかい?」
倫子の能力を、
疑っているわけではない。
宇崎は驚きの溜め息をつきながら、
倫子に聞いた。
「結局、集中力だと思うの。
ほら、普通の人間だって、
大勢の人ごみの中から、
遠く離れた人の会話を聞くことができたりするでしょう」
「カクテルパーティー効果ってやつだね」
「なんですか?それ」
遠藤も、倫子の能力に興味があるからこそ、
こうして仕事を投げうってまで協力しているのだ。
タクシーの運転手ではあるが、
後部座席の会話に参加する資格は十分ある。
宇崎は、遠藤にもわかるように、
説明を始めた。
「カクテルパーティーってほら、
大勢の人が集まって、
立ったままあちこちで、
みんなガヤガヤやっているじゃないですか。
でも目の前の人が、
何を話しているのさえ聞き取りにくい会場で、
遠くのほうで誰かが、
自分の名前をあげて話なんかしていると、
とたんに聞き耳たてたりして。
でもこれが不思議と、
よく聞こえたりするんですよ」
倫子も何かで読んだことがある。
たしかその本によれば、
知覚を刺激する信号の意味や内容によって、
それを受ける感覚のシステムの、
閾値(いきち)が変動すると書かれてあったが、
倫子にはなんのことか、よくわからなかった。
「へぇー。
カクテルパーティーなんてそんな洒落たもの、
出たことねえけど、
そんなに陰口言われるパーティーなんですか?
いやだいやだ!
後ろ指差されるようなことは、
これっぽっちもしちゃいねえけど、
そんなパーティーはごめんだね!
やっぱり酒は、楽しく飲まなきゃ」
遠藤の言うとおりだ。
閾値だかなんだか知らないが、
自分の陰口に、
聞き耳を立てなければいけないパーティーなど、
自分もごめんである。
宇崎もきっとそう思っているだろうと倫子が横を見たら、
真っ赤な顔をして口を押さえ、
今にも笑い出しそうな声を必死になってこらえていた。
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