あっちょんブリリアント

2/17

2人が本棚に入れています
本棚に追加
/17ページ
 呼吸をしばらく止めてみた。たぶん一分かそこら。ひどい目眩がして、胸がとても窮屈になって、僕はまだ生きなければならないことを思い出した。それが鈴虫の音も止んだ昨晩のこと。  窓を開けていても外は静かなものだ。秋の虫はとうに今宵の合唱をやめ、庭の木々がざわめくこともなく、ここら一帯が死んだように眠りについている。ただ一人僕だけを残して。  昨日枕に突っ伏して息を殺してみたのもちょうどこのくらいの時間だった。  あの子に好きな人ができたらしい。名前はと訊くと曖昧に笑われ、僕の知っている人かと訊くと悪戯っぽく首を傾げられた。男かと訊くと当たり前だよとバカにされた。べつにレズビアンにこれっぽっちの偏見もないのに。  どうにも夜は余計なことを考えすぎる。人が生きていることに意味があろうとなかろうと僕に然して影響があるはずもないのに。あの子に好きな人がいようといまいと彼女が僕を見てくれるわけなんかないのに。  時計を見ると午前二時前を指していた。この頃から僕みたいなやつは無益に時間を労費していくことになるのだろう。  洗面台の蛇口を捻る。勢いよく水が出てくる。勢いよすぎて排水溝の表面で弾けた水が服に飛び散った。慌てて蛇口を締め、濡れた服を洗面所で脱ぎ捨てて着替える。
/17ページ

最初のコメントを投稿しよう!

2人が本棚に入れています
本棚に追加