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仕方なく立ち上がり、僕は部屋最奥の冷蔵庫を目指す。途中の積まれた洗濯物や散らかったコンビニ弁当の残骸を避けながらいくのだから「向かう」よりは「目指す」のほうが感覚的に正しい気がする。
冷蔵庫から冷やしておいたカフェオレを取り出す。そしてまたPCデスクの前に戻る。一ヶ月くらい前からずっとこんな調子。
けれどたぶん、少し前までこんなにも僕の生活は荒んでいなかった。違う。〟僕は〝こんなのじゃなかった。生活は変わっていない。変わったのは僕だ。僕の中のなにかだ。なにか? 違う。自分でよくわかっている。僕のなにが変わったのか。僕がなにを失ったのか。
――――いつの間にか握っていた銀色の包丁の刃は、不思議と金属らしからぬ優しい暖かさを帯びていた。
はたと我に返る。急いで包丁をキッチンの収納棚にしまった。
最近こういうことがたまにある。ふと意識が抜け出ている時間とでも言えばいいのか。
この症状が出たということは身体が限界にきたということだ。
「少しだけ」
僕は崩れるようにしてベッドへ倒れ込むとそのまま重たい瞼と閉じた。途端に深い微睡みの中へ誘われていく。抵抗する術はない。
――蛇口から落ちた一滴の水が、小さな部屋に不自然なほどよく響いた。
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