七つ目の怪談

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  会長は確かこう言っていた。人間は時と言う概念に気付くのに何千年も費やしたと、今の僕からすれば、その偉業はただのお節介にすぎない。  時と言う概念さえなければ、こうして毎日、時間に追われながら生きてこなくて済んだはずなのに。 「ホーマ、御飯よ。早く起きなさい、でないと学校遅刻するわよ!」  おぼろげな意識の中、耳に着く雑音の意味を必死で読み取った時、はじめて俺は重い腰を動かす。  使い道のない目覚まし時計が今になってなり始める。入学当初に買ったものの、母が毎日負けず劣らずの怒声で起こすおかげでこの時計が役に立った事は一度も無い。  惨めな背中を慰めるように時計のボタンを押し、家族が待つ一階のリビングへおりる。 「ごめんね、今日時間無いから晩の残りでいいでしょ」 そう言いつつ、既に食卓の上には料理が並べられていた。そして向かいのテレビからは聞き覚えのある名前と高校が語られており、ついつい食卓に着くのも忘れて聞き入ってしまう。 「聞いた?すぐ近くの高校で飛び降りがあったんですって」 母が背を向け調理をしつつ聞いてきた。 そのことなら嫌というほど知っている。つい先日その話題で盛り上がったからだ。 「怖いわよね、まさかいじめでもあったのかしら」 どうやらテレビや新聞の報道では「自殺」とだけ明記しているようで、原因が恋愛の行き違いとまでは知られてないらしい。その事で母とも話を膨らますのもいいが、目に入った時計が学校までの時間が迫っている事を思い出させ、慌てて目の前の箸をとる。 「いただきます」  朝食時、決まって俺が座る席はテレビの正面にあたるこの位置だ。以前は妹とよく争ってはいたが、今頃あいつはベッドの中で丸くなっているはず。俺が市外の高校に入ったことで、近所の中学を通う妹とは朝の時間帯に顔を合わせる事が無くなったからだ。  不毛な争いを避ける事になったのは俺自身かまわない、むしろ喜ばしい事ではあるが、そのかわり、俺は毎日こいつと一緒に飯を食う羽目になってしまった。 「おはよう」  顔が隠れるほど大きく新聞を広げ、斜め向かいに座る父が、一言そう呟いた。
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