接触

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接触

京都のダート1400は外枠不利。 一番人気の馬にX印をつけた。 こいつは穴党の俺のレースだ。 間違いない。 汗が競馬新聞を滲ませる。 扇風機がカタカタと音を立てて、熱風を浴びせかける。 季節は夏の真っ盛り。 締め切った部屋はまるで蒸し風呂のようだ。 かといって、冷房をつけられない大人の事情がある。 外には怖ーい借金取りが待ち構えているに違いないから。 居るのに、いないふり。 居留守は俺の十八番。 今の俺では逆さにぶんぶん振っても手品じゃない限り、諭吉さんは出て来ない。 小銭がパラパラ落ちるのが関の山。 「お金なら持ってないですけど…」 「そうですか。なら結構ですよ」 ってニッコリ笑って帰るヤミ金業者なんて、玄関前のツチノコのごとく存在しない。 まあ、このレースでドッカーンと当てたら、闇金屋の鼻先に諭吉さんを突きつけてやる。 その時、建て付けの悪い窓が開く音がした。 築60年の木造アパートの2階の窓がひとりでに動くわけがない。 コンビニの自動ドアじゃないんだから。 誰かがトム・クルーズのように隣の建物から飛び移ってきたに違いない。 俺は、さっと立ち上がり、地主に見つかったピーター・ラビットのごとく玄関に向かった。 6畳二間だからすぐにクロックスが履ける。 4LDKならそうはいかない。 便利さと危うさは紙一重。 急いで、ドアを開けた。 そこにはー サングラスにダークスーツ姿の長身の女性が立っていた。 きちんと紺色のネクタイまでしている。 長い黒髪は後ろにひとつに束ね、俺を見下ろしている。 180センチはあるに違いない。 あとずさり、恐る恐る後ろを振り返った。 部屋の中にも、全く同じ格好の女がいた。 しかも、土足。 高そうな黒のパンプス。 部屋に入ったら、靴は脱ぐ。 もしかしたら、彼女はお母さんに教わっていないのかも。 それとも、欧米に長くいたのかな。 image=480114838.jpg
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