【第8話】どこまでも続く匂い3

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「・・・降りましょう」 背筋をのばし、 最後の詰めの一手を打つ棋士のように静かに、 しかし毅然と言い放った倫子のその言葉に、 宇崎も遠藤も思わず、 「はい!」 と声をそろえて返事をしてしまった。 その資産を誇るというよりは、 まるで人目に触れぬよう、 様々な塀や庭木を張り巡らし、 息を潜める家並の中に、 宇崎たちは立っていた。 宝くじの一等を、 三回当てれば住めるかもしれない、 などと考えながら、 宇崎は倫子の様子を窺った。 街灯に淡く照らし出された倫子の白い横顔は、 瀟洒な街並に溶け込み、 育ちの良さを宇崎に実感させた。 目を凝らすのではなく、 ツンと上品にのびた鼻に全神経を集中させ、 あたりを窺っていた倫子は、 ゆっくりと宇崎の前を通り過ぎ、 そして止まった。 「・・・この家だわ」 ずっしりと風格のある大きな門の前で、 倫子は静かに呟いた。 「ほらね、言ったとおりだ」 自慢げにウインクを投げかける遠藤のその仕種は、 あまりお似合いとは思えなかったが、 宇崎は頭が上がらなかった。 「大きなお家ね。 ほら、塀があんなところまで・・・」 外部の進入を決して許さない高さで石垣の塀は、 三人が立つ門からT字路の角までつづき、 もう一方も小道の角までつづいていた。 「・・・この家で間違いないんだね」 ゆっくりと憎悪を燃やしながら、 目の前の豪邸を見つめる宇崎の瞳に、 確信をもって頷く倫子の姿が映っていた。 「おっと、いけねぇ。 車が来るんで、 こいつをナニしますから、 どいててください」 遠藤に言われて振り向いた倫子は、 突然、 「あっ!」 と小さく叫び、 動かなくなった。 四つ角をなぞるように照らし、 三人に向かって進路を変え、 ゆっくりと近づくヘッドライトに、 宇崎はしばらく視力を失った。 しかし、 手のひらでまぶしい光源を遮って、 徐々に近づく車が街頭の下に差し掛かった時、 宇崎はやっとその車が、 黒い塗装のBMWであることを、 やっと知ることができた・・・。
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