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「宇崎さん、あの車・・・」
目を閉じ、
眉間に皺を寄せて倫子(のりこ)は、
小さく怯えるような声で呟いた。
「まさか・・・」
もちろん、
倫子の能力を疑っているわけではない。
しかし、
ゆっくりと近づくヘッドライトに手をかざし、
目を凝らす宇崎は、
そう呟かずにはいられなかった。
宇崎だって、
はじめから倫子の能力を、
信じていたわけではなかった。
しかし今日倫子は、
事故現場から逃走した車が残した、
目に見えない『匂いのわだち』を嗅ぎ分け、
警察が三週間かけても、
手掛かりひとつ掴めなかった犯人の家を、
ほんの数時間で探し出してしまった。
しかも、
この世でたった一人、
自分だけのために、
愛らしい笑顔をほころばせ、
自分だけを愛してくれた最愛の妻を、
一瞬のうちに、
亡き者にしたその鉄の固まりが、
心の準備もできないまま、
目の前に現れたという。
宇崎はその現実に
「まさか」
としか言い表わすことができなかった。
「どうするの、宇崎さん?」
閉じた目を開きながら、
ゆっくりと宇崎に顔を向け、
倫子は静かにそう言った。
「引きずり出して、
警察に突き出してやる・・・」
妻の無念を思うと宇崎は、
ふつふつと怒りが沸き立ってきた。
「待って、宇崎さん」
「どうしてだ?
この車に間違いないんだろう」
「ええ。
でも、証拠がないわ。
私の話を警察が信じてくれると思う?」
「とにかく車の中にいる奴を捕まえて・・・」
「それに運転しているのは、
若い男の人じゃないわ、
女の人よ」
「えっ?」
宇崎はあわててもう一度、
ヘッドライトに手をかざし、
指の隙間から運転席を覗き込んだが、
中に乗っている人間の顔はおろか、
性別さえ判別できなかった。
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