第9話

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「随分高価な香水だわ。 若い女の子がつけるものじゃないわね。 きっと四十そこそこの女性じゃないかしら?」 数十メートル離れた車の中から排気される空気を嗅ぎ取って、 倫子は運転席に座る女性の歳まで、 特定している。 「どういうことだい? あのラーメン屋は、 若い男だって言ってたじゃないか!」 倫子に声を荒らげたところで、 どうにかなるものでもなかったが、 犯人への憎悪が全身にみなぎっている宇崎は、 思わず怒鳴ってしまった。 とその時、 倫子と宇崎のうしろで、 「ガチャン!」 と大きな音がした。 宇崎は、 妻が轢き逃げされた時の忌まわしい音がよみがえり、 そばに立つ倫子を無意識に抱き寄せ、 身を挺してかばっていた。 ほんの数秒の出来事だったにちがいない、 宇崎は一瞬、 腕の中でおびえる女が、 愛する妻だと錯覚した。 しかし、その間違いにすぐ気がつくと、 宇崎は目にいっぱいの涙が溢れてきた。 あの時、 自分はなぜ、 妻を守ってやれなかったのだろう。 犯人を憎むあまり、 いままで一度も考えた事はなかったが、 宇崎はあの時、 なにがあっても、 妻を守らなければいけなかったのだ。 たとえそれが、 数百メートル離れた、 買い物途中の妻であったとしても・・・。 「お願い。 自分を責めないで・・・」 深い後悔の匂いを感じとった倫子は、 宇崎の胸に顔をうずめたまま、 強く抱きしめ慰めた。 宇崎の涙の匂いを感じたのは、 これで何度目だろう、 いままでで一番苦く、 つらい涙だった。 「大丈夫ですか?お怪我は?」 女の声で我にかえった宇崎は、 声の主を探して回りを見渡した。 するとタクシーの運転手遠藤と、 石垣塀の門の玄関を覗き込んでいる、 黒いシックな洋服を着こなす女性が目に入った。 そしてなんと、 ふたりが覗き込むその石垣塀の門には、 遠藤の車が、 後ろ向きにめりこんでいるではないか。
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