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「お待たせしました」
応接間の重々しいドアがゆっくり開くと、
大きく胸をあけ、
深くスリットの入ったドレスに、
ワインカラーの、
腰まで覆うショールをまとった夫人が立っていた。
夫人にとっては、
家でくつろぐ部屋着のつもりだろうが、
さりげなく肩にかけるショールひとつとっても、
宇崎の給料一ヵ月分だ。
倫子も裕福な家庭に育ったが、
この家に住む人達と倫子の両親とでは、
お金をかけるところが明らかに違っていた。
宇崎や遠藤はといえば、
その夫人の姿にしばし圧倒され、
オドオドと視線のやり場を探している。
いざ戦おうとする敵を前にして、
なんともだらしない男たちだ。
倫子は夫人がソファーに腰掛けるやいなや、
鼻の下が伸びきったふたりに喝を入れるべく、
先制攻撃を仕掛けた。
「驚きました。
新民党の村瀬さんのお宅でしたんですね」
「はい」
「確か、息子さんがいらっしゃいましたよね」
「ええ。
主人の秘書をしております」
「そうなんですか。
ところで・・・」
倫子は、
夫人の目を真っ直ぐ見ながら言った。
「あのBMW、
息子さんがお使いになることもあるんですか?」
「えっ?」
高価なショールとドレスの中から、
夫人が僅かに発した匂いを、
倫子は逃さなかった。
それは人が、
激しく『警戒』を感じた時に発する、
敵意の匂いだった・・・。
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