【第11話】警戒の匂い

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「宇崎さん、 その新民党の村瀬さんていう人、 お子さんは?」 ラーメン屋に現れた犯人と思われる人物は、 若い男だ。 あの日、 BMWを運転していたのは、 村瀬国弘でも夫人でもない。 「うーん、どうだったかなぁ・・・」 宇崎は政治に疎いらしく、 考えこんでしまった。 「あんた、ほんとうに新聞記者なのかい?」 遠藤は、 テーブルからくすねた葉巻をくゆらしながら、 呆れた顔で宇崎に言った。 「もっとも関スポの一面トップは、 いつもスポーツか芸能スキャンダルだもんな。 おたくの新聞読んでると、 なんて日本は平和なんだろうって思うよ」 「すみません・・・」 宇崎が新聞記者の道を選んだのは、 世の不正を自らのペンで暴き、 正そうという正義心からだっだ。 しかし今のところ、 彼がペンで暴いたのは、 芸能人の不倫や密会だけである。 運悪く入社した新聞社には、 社会部も政治部もなかったのだから仕方がない。 休みの日、 ワイドショーを見ていると、 出てくる芸能レポーターが同業に見えてしまい、 ときどき情けなくなったりする。 しかし今回は、 そんな芸能記者であることが、 幸いした。 「・・・あっ!富山美紀!」 「富山美紀?タレントの?」 倫子(のりこ)は名前から、 ラベンダーの香りを感じていた。 人は、 名前からその顔を思い浮かべる場合、 まず視覚の記憶をたどる。 しかし倫子の場合、 いつも記憶の糸をたどるのは、 まず匂いだった。 思い浮かんだ匂いから倫子は、 散在する視覚の記憶をたぐって、 ラベンダー畑を見つけだし、 脳裏に浮かべていた。 今度は恐怖の匂いがした。 脳裏に映った咲き乱れる花の中を、 必死の思いで走る女が現れた。 さらにそのあとを、 狂気と憎悪の匂いが追いかけていた。 ナイフを片手に、 鬼のような形相で追いかける男が現れた。 それは、 女子大生が殺人犯に追い詰められ、 ラベンダー畑を逃げまどい、 間一髪のところを刑事に救われるという、 倫子がいつか見たテレビドラマの、 クライマックスだった。 そしてその時、 逃げまどう女子大生の役をやっていたのが、 富山美紀だった。
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