第31章 北海道の七夕

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 一旦、席を外した稲葉は、黒革の手帳を開きながら部屋に戻ってきた。  稲葉の人を食ったような態度に、木内は腹が立った。 「手帳があるなら最初から持ってくばいいものを、勿体ぶりやがって。必ず、正体を暴いて、俺の手で手錠を掛けてやる」と心の中で唱えながら、稲葉を睨み付けた。 「えーと、5日前の午後は、営業の外回りをしてましたね」 「それは、具体的にどんな事だ?」 「ブライダルのコンサルタントですよ。お蔭様で、今や星川観興はウェディングビジネスの盛んな軽井沢でもトップを走っています。最近では、周辺のホテルとも提携して、コンサルタント業も積極的に展開してるんですよ」と彼は自分の仕事を誇らしげに語った。 「それを証明する人はいるのか?」  木内は低く抑えた声で聞いた。 「いわゆる、アリバイってやつですか?」  と西洋人のように大袈裟に手を広げてから、両肩を持ち上げて、おどけた態度で言った。 「そんなに疑うなら、一緒に外回りをしていた部下に聞いて見ればいいっしょや」 「その部下の名前は何というんだ?」 「相沢清子です」  木内は名前を手帳にメモして、金子に目配せをした。  金子は、矢崎の部屋にあった破かれた写真を机に置いた。 「次は、この写真を見てくれや」 「何ですかこの、破れた写真は?」 「これは、矢崎の部屋にあった物だ。サングラスで茶髪の男に見覚えはないか?」 「さぁ、こんな人は、知らないですね」  稲葉は写真を一瞥すると、耳朶をいじりながら首を捻った。 「じゃぁ、次は、この写真だ」  木内は、利尻岳の夕焼けの写真を取り出した。
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