As You Wish

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本人は聞いて面白い話じゃないから、と、あまり語ろうとはしてくれない。 でも、元旦那っていう人が職場の出入り業者らしくて、地雷を踏まないようにと長くバイトすることになったときに、課長が教えてくれた。 長く同棲をしていたその相手は、ねーさんのご両親が相次いで亡くなった時に、浮気をしたんだそうだ。 あろうことか、そんな時に! 何でも片親が長患いをしていて、安心させるためにと婚姻届をだし。 お亡くなりになった後に、事故でもう片親をなくし。 事後処理をして自宅に戻ったら、旦那さんに頭を下げられたそうだ。 「浮気相手に子供ができた、別れてくれ」 と。 そこからがねーさんのすげえところだと思うんだけど。 家や家財道具、一切合財の処分と分配を自分にまかせることを条件に、離婚に応じたらしい。 その頃二人で住んでいたマンションとか何もかもを――CD一枚に至るまで完璧に――売っぱらい、ローンも何もかも全部半分にして、離婚したって聞いた。 今住んでいるところは、自分の両親の遺産で買ったらしい。 そういうねーさんには、ホントに頭が下がる。 親を失うって、どういうことか俺だって知ってる。 片方でさえイタイのに。 兄弟がいてたって、きついのに。 この人は、ほぼ同時に両方を失い、その上に信用していた大事な人に裏切られて、それでも笑うんだ。 細かい事情なんて、こういうときじゃないと思い出させないけど。 でも、すげえ人だと思う、マジで。 「よーし、じゃあ焼くぞ~!ハルタくん、よろしく!」 「よろしくって!焼くの、俺っすか?!」 「よろしく」 腕まくりをしておきながら人の肩を叩くあたり、そりゃあ、思い出す機会も少ないよな、なんて思った。 この人のことだから、どこまで素でどこまで計算かは、わからなかったけど。
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