As You Wish

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「んー、もう行く。つか、るんちゃん、今日早くない?」 ふすま越しの声ははっきりしてるから、身支度に手間取ってるんだろう。 るんちゃんってのは、家族内での俺の愛称。 子供の頃、兄弟たちがうまく俺の名前を呼べなくて、何故か『るんたん』と呼んでいたそうで、それが今でも定着している。 実は外では呼んで欲しくない、小っ恥ずかしい呼び方。 「親父いるからな」 「ああ、そうだっけ。いつまでいるの、あの人」 「あの人いうなよ。今週一杯らしいけど…」 「戻ってくる気ないのかな」 「さぁ、なあ。ってか、本人の気分じゃどうにもできねーだろ?」 講義の準備に、サークルの準備。 バイト先に持っていくものはない。 持ち物を確認しながら会話を続けてたら、さらりと音がしてふすまが開いた。 身支度を整えて部屋から出てきた妹は、鼻息荒く 「るんちゃんも、もう少しなんか言ったらいいんだよ。お父さんもお兄ちゃんも勝手じゃん」 そう言って階段を下りていく。 勝手度でいったら、お前も充分勝手なんだけどなぁ… 口の中でそういってはみるものの、声に出すほどのことじゃなくて。 はっきりいえる友花が羨ましいものだなぁと、苦笑が浮かんだりする。 そう。 親父や兄貴が勝手なんじゃない。 二人とも俺や友花と別に暮らしてはいるけど、ソレは仕事で単身赴任してるからだし。 なかなか帰ってこないのだって、帰りたくないからって訳じゃないだろう…と、思うし。 っていうか、そういうことにしておきたいし。 家を出たことを言うなら、姉貴だって同罪だ。 結婚してんだからもっと帰ってこないわけだし。 ただちょっと。 そう、ほんのちょっと。 未だに戸惑ってるだけ、なんだと思う。 母さんのいない生活てやつに。
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