28人が本棚に入れています
本棚に追加
「んー、もう行く。つか、るんちゃん、今日早くない?」
ふすま越しの声ははっきりしてるから、身支度に手間取ってるんだろう。
るんちゃんってのは、家族内での俺の愛称。
子供の頃、兄弟たちがうまく俺の名前を呼べなくて、何故か『るんたん』と呼んでいたそうで、それが今でも定着している。
実は外では呼んで欲しくない、小っ恥ずかしい呼び方。
「親父いるからな」
「ああ、そうだっけ。いつまでいるの、あの人」
「あの人いうなよ。今週一杯らしいけど…」
「戻ってくる気ないのかな」
「さぁ、なあ。ってか、本人の気分じゃどうにもできねーだろ?」
講義の準備に、サークルの準備。
バイト先に持っていくものはない。
持ち物を確認しながら会話を続けてたら、さらりと音がしてふすまが開いた。
身支度を整えて部屋から出てきた妹は、鼻息荒く
「るんちゃんも、もう少しなんか言ったらいいんだよ。お父さんもお兄ちゃんも勝手じゃん」
そう言って階段を下りていく。
勝手度でいったら、お前も充分勝手なんだけどなぁ…
口の中でそういってはみるものの、声に出すほどのことじゃなくて。
はっきりいえる友花が羨ましいものだなぁと、苦笑が浮かんだりする。
そう。
親父や兄貴が勝手なんじゃない。
二人とも俺や友花と別に暮らしてはいるけど、ソレは仕事で単身赴任してるからだし。
なかなか帰ってこないのだって、帰りたくないからって訳じゃないだろう…と、思うし。
っていうか、そういうことにしておきたいし。
家を出たことを言うなら、姉貴だって同罪だ。
結婚してんだからもっと帰ってこないわけだし。
ただちょっと。
そう、ほんのちょっと。
未だに戸惑ってるだけ、なんだと思う。
母さんのいない生活てやつに。
最初のコメントを投稿しよう!