第1話

3/3
前へ
/3ページ
次へ
泣くだけ泣いたら雲の気持ちも少しおさまったようです 涙を乾かすように大きな太陽が雲の間から顔を覗かせました 街が黄金色に輝き始めました 坂道に買物帰りの親子がいました 「お買物がすんだら雨が上がったわ、ちょうどいいタイミングね」 母親は買物袋を載せた荷台を手で押さえながら 自転車から降りて坂道を上っていました ハンドルの前のカゴには小さな女の子が座っています 「もう、重いったらありゃしない。ねぇ、降りて歩いてちょうだいよ」 「ママ、頑張って! もう少しよ」 女の子は前を向いて無邪気に笑いながら言いました 母親もそんな娘を見て思わず表情を緩めました しかし長い坂道です さすがに途中で母親は疲れて 自転車を押すのをやめて立ち止まりました 女の子は「どうしたんだろう?」とでも言うように後ろを振り返りました その時です 女の子は空に大きな虹がかかっているのを見ました 「ねぇねぇ、ママ、ママ、見て! 綺麗!」 ハアハアという息をおさめながら母親もまた後ろを振り返りました 坂道の下には夕暮れの街並み そしてその上 空には見たこともないような美しいパステル色の虹がかかっていました 母親と女の子は目を合わせてニッコリと微笑みました 女の子は抱っこしてもらいたいのでしょうか 甘えて母親に手を伸ばしました 母親は自転車を停め娘をカゴの中から引き寄せると 少し汗ばんだ腕で娘をしっかりと抱きしめました 親子はしばしの間 何も言わず虹を見つめていました さて、雲もまた、空の端っこのほうで母親と女の子のことをずっと見ていました 雲は自分が描いた怪獣や犬や猫を見てもらえなかったのは悲しかったのですが でも空を見てくれたことが嬉しくて また泣きそうになりました 「おっと危ない、また雨を降らすところだった」 女の子は自分から道に降りると そのまま母親と一緒に自転車を押して坂道を上っていきました 「ヨイショ、ヨイショ」 「ヨイショ、ヨイショ」 母親と女の子の声が坂道に明るく響きました 「ヨイショ、ヨイショ」 「ヨイショ、ヨイショ」 そして街中の誰もが空を見上げ その美しい虹を見て微笑み合いました
/3ページ

最初のコメントを投稿しよう!

1人が本棚に入れています
本棚に追加