儚き命。

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『気にするなよ』 『何を? ……ああ、さっきのこと? 大丈夫だよ、わたしは全然気にしてない』 そうは言えど、その言葉に含まれた千歳の気持ちを察した俺は、暫し沈黙しながら歩いていると、長屋に着けば、けん坊が住む所の板戸の前には、ちょっとした人だかりが出来ていた。 『ねぇはじめくん、どうしたんだろ』 『さあな。こんなに人が集まって───まさか!』 言いきる前に、千歳と共に駆け出していた。 人混みを掻き分けて進み、その一番奥を覗き込めば、そこには顔に白い布がかけられた小さな体が静かに横たわっていた。 『千歳……』 あれだけ心配していた千歳のことだからそれを見て泣き出すと思い隣を見ると、涙はまったく見せずに、ただひたすらに眉を寄せている千歳がそこにいた。 『千歳、』 『一足、遅かったね。はじめくんが真剣に蛙を捕ってくれなかったからだよ……』 千歳は悲しみを覆い隠すようにわざと笑みをこぼしてから、今となっては魂を宿さないその小さな体へとゆっくり歩み寄っていった。 『けん坊、聞こえる? 千歳お姉さんがね、けん坊があれだけ見たいって言ってた蛙、持ってきたんだよ』 千歳が話しかけると、傍に寄り添っていた健吉の母親が泣き崩れ、近くにいた少年が背中をさする。 俺も千歳の隣に静かに座り、千歳と健吉の静かなやり取りを見守る。 『ほら、見える? こんなに小さな蛙でもね、ちゃんと心の臓がとくとくと動いてるんだ。 けん坊も同じように心の臓を動かし続けて欲しかったけど…………』 そこで言葉を切り、千歳は黙した。 『………ゆっくり、休んでね。 来世がもしあるのなら、また一緒に遊ぼう』
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