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『千歳さーん』
『なに? 宗次郎くん』
『あの、土方さんに……ごにょごにょ』
『えっ、なにそれ。気になる』
全く、今日も今日とて懲りないな。
春先の陽射しが舞い込む試衛館の道場、そこの隅でひそひそ話を繰り広げる千歳と宗次郎に、内心でため息をこぼした。
つい先日も、こっぴどく叱られただろうに、そんなこと身に覚えがないかのように今日もまた……。
『山口くん、少しいいかな?』
『はい。なんでしょうか』
少し離れたところから二人を眺めていた俺は、傍らに近づいてきていた近藤さんに声をかけられた。
『今日の打込稽古、歳に稽古をつけてもらってはくれまいか』
『……はあ』
『気に食わないか?』
『いえ、そういうわけでは』
『まあ山口くんもなかなかの腕を持つからな、歳じゃ相手にするのも退屈だろうが、我慢してくれ』
『いえ、そういうことではなく、千歳が……』
土方さんについては千歳が色々と迷惑をかけてしまっている。
そして千歳と一緒にいる俺も何故かそのとばっちりを受け、土方さんの俺に対する風当たりは少し厳しい。
『千歳ちゃんか……。
だが、歳のことだ。私情を挟むことはしないさ』
『滅多打ちにされなければいいんですが……』
すると近藤さんは「それは気にしすぎだ」と俺の肩を叩いてきた。
『まあ歳も、くだらないことにいちいち反応するからな。
山口くん自身はやっていないというのに、君もとんだとばっちりだな』
『そうですね。俺は別にいいんですけど、土方さんが千歳の頭に拳骨を振るうのは俺はやり過ぎだと思います。嫁入り前だというのに、もし傷でも残ったらどうしてくれようか』
俺は至って真剣に言ったつもりが、近藤さんはいきなり大声をあげて豪快に笑い出したので、俺は少し意表をつかれた。
『何がおかしいんですか?』
『君も筋金入りの溺愛ぶりだな』
『そうですね……大事な妹ですから』
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