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『それは本当に、妹を気遣う兄としての思いやりなのか?』
なんとなく気配は察していたが、背後から声が聴こえたので、俺は振り返った。
『土方さん』
『お前の目、時折俺にはただならぬ情を感じてならないんだが』
『それはどういう──』
『まあいい。とにかく稽古を始めよう、なあ近藤さん?』
そこへ丁度、手を泥だらけにさせた宗次郎と千歳の二人がどこかへ行っていたのか、道場へと戻ってきた。
『おい宗次郎、どこ行ってたんだ。泥で汚しやがって、いつまで経っても餓鬼のままだなお前は』
『あはは、そうですね土方さん。私と千歳さんはまだ餓鬼なのかもしれませんね』
『なんだ、お前にしては珍しく素直だな……まあいい。山口、始めよう』
稽古を始める前に俺は千歳に近寄り、その汚れた手を井戸端で洗ってこいと言いつけた。
『うん、分かった。それじゃあ宗次郎くん、あとはよろしくね!』
『ええ、ばっちりです』
『お前等……』
なんだか嫌な予感がしたが、ひとまず苛々し始めた土方さんを置いてはおけないので、壁にかかる木刀を手に取り、道場の中央へと向かう。
『山口、俺なんかじゃ相手になるかどうか心配だが、よろしく頼む』
『そんなご謙遜を』
はっきりいって今のは嫌味だ。
土方さんはこの道場で一二を争うほどの実力を持つ人。
相手になるかどうかだなんて、嫌味でしかない。現にこうして目の前でその人は不敵に笑っている。
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