53人が本棚に入れています
本棚に追加
/59ページ
木刀を脇に置き、土方さんと向き合って正座をしながら、互いに集中力を高めていると宗次郎がこちらに近づいて来た。
『土方さん、防具が緩んでいます』
と、そう言ってから、土方さんの背後に回って手をかけた。
『すまねぇな』
『いいえ、とんでもないですよ。練習は危険を伴いますからね』
しかし。
宗次郎は土方さんの緩んだ面を直してくれるのかと思いきや、
『──痛っ!』
その頭上から手刀をお見舞いさせた。
『……』
『ぷふ。土方さん油断しちゃ駄目じゃないですかぁ。不意をつかれるなんて、日頃から稽古をちゃんとしてないからじゃないですかぁ?』
『……そ、宗次郎、てっめぇ!』
怒りを露にして宗次郎に襲いかかるのを、俺と近藤さんの二人で必死に止めにかかる。
『土方さん!』
『歳、いちいち相手にするんじゃないよ。稽古前だというに』
『チッ。そうだな近藤さん、むきになればあいつの思う壺だな。悪い、山口。稽古を始めよう』
明らかに張りつめていた緊張感が途切れ、場を宗次郎に乱されたが、気持ちを切り替えて、仕切り直すことになった。
互いを見据え、どちらかが先に動き出すことで試合は始まる。
正座をしたままなので、どちらが先に木刀を握って動き出すのかを見極めるのが肝心だ。
出だしで遅れると圧倒的に不利になる。
土方さんは、さっき集中力を乱されたことなど、意に介さぬほどの緊張感を醸し出している。
試合を見守る者も、しんと静まり返って様子を窺っている。
──刹那。
極限まで高まった緊張感が切れ、土方さんが先に動き出した。
しまった、出遅れた!
その動きについてゆけなかった俺は、最初の一撃はかわすことは出来ないだろうと、防御する構えを咄嗟に取ったが───。
おかしい。いつまで経っても衝撃がこない。
俺は木刀を下ろして、土方さんの方を確かめると、その人は呆気に取られて動きが止まっていた。
そして、その手に握られていたのは──
最初のコメントを投稿しよう!