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『牛蒡(ごぼう)ですか?』
俺が見る限りでは木刀が、土のついた牛蒡に見えた。
『ああ牛蒡だな』
『土方さんは何故牛蒡など……』
『俺にもさっぱり分からねぇ。さっきまでは木刀だった筈なんだが……いや待てよ』
俺も土方さんと同じく気づいてしまった。これを仕掛けた主犯を。
土方さんは今度こそ、わなわなと体を震わせ、こめかみに青筋まで浮き上がらせている。
そして木刀を牛蒡にすり替えられる奴がいたとしたならば───
『宗次郎……てめぇ!』
宗次郎しかいない。
さっき土方さんに手刀を見舞わせたのは見せかけで、これが目的だったのか。
全く呆れたものだ。くだらない。
『千歳さんやりましたよ! 見事罠に引っ掛かりました!』
『本当に!? やったね、宗次郎くん!』
土方さんを軽く無視して、二人は手を合わせて喜びに浸っている。
そこへ俺は、千歳に諭すような口調で叱りつけた。
『千歳、宗次郎のくだらない悪戯に付き合うのは別に構わない。だが、稽古をする時だけは止めろ』
『そうだよ、千歳ちゃん』
近藤さんも優しくではあるが、宗次郎と千歳に厳しく注意を促す。
『稽古というのはね、時として命を落とすこともあるんだ。もし歳があの時、山口くんから反撃されていたら、どうなっていたか分かるよね?』
『はい、ごめんなさい……』
『うん。千歳ちゃんは聞き分けのいい子だ。
宗次郎も充分に分かっていたと思っていたんだが、それは俺の単なる思い過ごしだった様だね。今後は気を付けるように』
『はい……』
やはり近藤さんは流石だ。
この天然理心流の道場をまとめているだけある。
あの宗次郎も近藤さんの言いつけだけは必ず守るし、さすがに近藤さんの一言が効いたのか反省している。
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