懐かしき悪戯。

5/11

53人が本棚に入れています
本棚に追加
/59ページ
『牛蒡(ごぼう)ですか?』 俺が見る限りでは木刀が、土のついた牛蒡に見えた。 『ああ牛蒡だな』 『土方さんは何故牛蒡など……』 『俺にもさっぱり分からねぇ。さっきまでは木刀だった筈なんだが……いや待てよ』 俺も土方さんと同じく気づいてしまった。これを仕掛けた主犯を。 土方さんは今度こそ、わなわなと体を震わせ、こめかみに青筋まで浮き上がらせている。 そして木刀を牛蒡にすり替えられる奴がいたとしたならば─── 『宗次郎……てめぇ!』 宗次郎しかいない。 さっき土方さんに手刀を見舞わせたのは見せかけで、これが目的だったのか。 全く呆れたものだ。くだらない。 『千歳さんやりましたよ! 見事罠に引っ掛かりました!』 『本当に!? やったね、宗次郎くん!』 土方さんを軽く無視して、二人は手を合わせて喜びに浸っている。 そこへ俺は、千歳に諭すような口調で叱りつけた。 『千歳、宗次郎のくだらない悪戯に付き合うのは別に構わない。だが、稽古をする時だけは止めろ』 『そうだよ、千歳ちゃん』 近藤さんも優しくではあるが、宗次郎と千歳に厳しく注意を促す。 『稽古というのはね、時として命を落とすこともあるんだ。もし歳があの時、山口くんから反撃されていたら、どうなっていたか分かるよね?』 『はい、ごめんなさい……』 『うん。千歳ちゃんは聞き分けのいい子だ。 宗次郎も充分に分かっていたと思っていたんだが、それは俺の単なる思い過ごしだった様だね。今後は気を付けるように』 『はい……』 やはり近藤さんは流石だ。 この天然理心流の道場をまとめているだけある。 あの宗次郎も近藤さんの言いつけだけは必ず守るし、さすがに近藤さんの一言が効いたのか反省している。
/59ページ

最初のコメントを投稿しよう!

53人が本棚に入れています
本棚に追加