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金子を払い終えて千歳のもとに行こうとすると、通町の少し先の方で、千歳が一人の男に何度も頭を下げている姿が見えた。
何か仕出かしたのかと心配になった俺は、急いで駆けてゆく。
『千歳、何かあったのか?』
『うん? ああ、はじめくん。ううん、何でもないの、わたしが気づかずにぶつかっちゃって』
俺がその男に目を向けると、男の連れらしき人物もそこには居た。
『おい栄太郎、どこ行ってたんだよ。久坂が呼んでたぞ』
『五月蝿い、ぎゃあぎゃあ騒がないでよ。今気分が悪いんだ』
『お前の気分が悪いことなんて、日常茶飯事だろ』
『そうだ丁度いい、晋作、僕に斬られてよ』
『おまっ、何かと人に向かって斬るとか殺すとか、止めろよな。物騒で堪んねーわ』
それから男は不機嫌そうに舌打ちをして、こちらには目もくれずにそのまま行ってしまった。
『千歳、怪我は無いか? もしやあの男に何かされて──』
『大げさだなぁ。何かされた訳じゃなくて、わたしがぶつかっちゃったんだよ』
『だが……』
見るからにさっきの男は、只者では無かった。
腰に刀を提げ、鋭い殺気を含ませた眼光で千歳を睨めつけていたが、ああいう眼をした者は幾つもの修羅場を潜り抜けた手練れによく見られる。
今回は何も無くて幸いだったが、最悪、千歳はあの男の機嫌を損ねて斬り捨てられていたかもしれない。
『今度から前をよく見て歩くんだぞ』
『はい、兄上!』
『だから調子に乗るな』
ぽんっと頭を叩く。
本音を言ってしまえば、あの男云々ではなく、ただ、千歳が見知らぬ男と話していることが気に食わなかった。
それが俺の本心でもある。
器の小さい男だな、俺は……。
『はじめくんどうしたの? 帰ろ。今日の夕餉は何かなぁ? 母上の料理は何でも美味しいから、どんな献立でもいいんだけど』
俺の先を歩く、あか抜けたその笑顔に慰められた気がした俺は、今日もいつも通りに家路についた。
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