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煙管の灰を落とす小気味よい音が鳴り響く。
試衛館から離れ、茶屋の軒先で俺と土方さんは道行く人の流れをぼんやり眺めていた。
『それで? 何があったんだ?』
千歳に縁談があったこと、その相手が老齢の旗本であり好色家であること、縁談を断れぬ家の事情を一通り話した。
『ほぉ、だからか。いつものお前の刺々しい鋭さが、今日は見る影も無く弱いのは』
土方さんは何でも見透かしてしまう。
これでも周りに悟られぬように振る舞っていたつもりだったが……。
土方さんは煙草を一息吸うと、その吐いた白い煙が人混みの中に溶けていく。
『んなこと、端から分かってただろ。あいつも既に嫁に行ってもおかしくない歳だ。今まで縁談が無かったことの方がおかしいだろ。
まあ、あんなのでも嫁に貰いたい奴がいるってことに俺は驚きだがな。だが山口、問題なのはそんなことじゃねぇんだろ?』
やはり土方さんには隠し通すことは出来ぬか。
ずっと前から気付いていたものの、心の奥に押し留めていた感情。
『妹としてのあいつの存在が、今回の縁談によって違うということに気づいちまった、そういうことか?』
『……はい』
『そりゃ問題だな。兄と妹、俗では許されねぇ恋情だ。だが、お前らは血は繋がってねぇんだろ?』
『だから困っているのです』
『はあ? どういうことだ』
『千歳と血が繋がっていないことは、何よりも幸いだと思っています。ですが、今回の縁談ではそれが邪魔をしているんですよ』
血が繋がっていないという事実が、千歳に無理をさせているのではないか。自分は拾われた身で我が儘を言える立場ではないと。
もし千歳と本当の兄妹だったならば、千歳は遠慮することなく母上や俺に「縁談は嫌だ」と言う筈だ。
血の繋がりが無いことが、今の千歳にとってはただの足枷にしかなっていない。
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