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『……』
『………』
互いに無言のまま、重たい沈黙が辺りを包む。先にその沈黙を破ったのは千歳だった。
『はじめくん、どうかした? なんか、いつもと違うというか』
『それはこっちの台詞だ』
いつもと違うと感じる理由は、千歳自身が一番分かっている筈だ。
『聞いたんだね、縁談のこと』
『何故俺に何も言わない?』
『言う必要はないでしょ。縁談を引き受けるか受けないかは、わたしの勝手だもん』
いつもこうだ。何でも自分一人で抱え込みたがる。
風邪を引いた時も、怪我をした時も、わたしは大丈夫だと頑なに言い張る。
それがお前の悪いところだ。
『千歳、無理をしなくても──』
『言わないよ。わたしは絶対に言わない』
『千歳……』
『わたしは引き受けるって決めたの。これは絶対に変わらない』
『自分の気持ちを偽ってでもか?』
俺の言葉は明らかに千歳の的を射たものだったが、千歳は尚も引き下がる様子を見せない。
『偽ってなんかないよ。これがわたしの本心なんだから』
『何故だ、俺達家族に引け目を感じているのか?』
『違う! わたしはただ恩を返したいの。身寄りのなかったわたしを、温かく受け入れてくれたはじめくんのお母さんとお父さんに……』
『そんなことで父上と母上が喜ぶとでも思っているのか!? 自分の気持ちを偽って家の安泰の為に嫁がれても、残された俺はどうすればいいんだよ!』
ああ違う、そうじゃない。
俺は責めたいんじゃない。
『どうして、どうして分かってくれないの!? もういいよっ!』
そう吐き捨て、千歳は人混みを駆けて行ってしまった。
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