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家に帰っても千歳はおらず、喧嘩をした時には必ずといっていい程いつも行く場所を知っていたので、俺は行ってみることにした。
『やっぱりここにいたか』
『……』
千歳が怒った時、泣きたい時、一人になりたい時にいつも必ず行く場所──俺達が初めて出会った寺の境内にある大木の根元に千歳はうずくまっていた。
『……どうして、わたしの気持ちを汲んでくれないの? わたしは皆に幸せになってもらいたいのに』
『それは俺達だって同じことだ。父上や母上もお前に幸せになってもらいたいんだよ。俺達の幸せを願ってくれるのは嬉しいが、それは、お前の幸せがあってこそだろ?』
好きでもない老齢の旗本にわざわざ嫁いだとしても、そこに千歳の幸せは無い。
その上で、千歳が願う俺達の幸せなんて成り立つ筈がない。
俺はうずくまる千歳の傍で一緒になってうずくまり、その頭を掌で包み込んだ。
『嫌だと言えばいい。我が儘を言えばいい。たとえ無理な我が儘だって、俺は必ず受け止める』
『はじめくん……』
『けれど、もういい。何も言うな。お前の気持ちは分かっている。あとは俺が何とかするから』
そう、お前の一言が無くとも俺は行動するつもりだ。
何をしてでもこの縁談を潰してやる、と。
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