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案の定、陽が落ちて辺りが闇に包まれても、家に帰ろうとする様子は一切見せず、俺の予想は見事当たった。
……やはりな。
『お前、家はどこだ』
『……家? そんなたいそうなもの、無いよ』
『やはり孤児(みなしご)、なのか?』
その子は何も言わずにただ俯いたままでいたが、暫く沈黙が流れたのち、絞り出すように話し出した。
『……おとっさんとおっかさんは、先の大火で死んじゃったんだ。
身寄りもいなかったし、避難したお寺で世話になってたけど、ずっとそこに居るわけにもいかないでしょ……』
『そうか……』
こればかりは仕方ないだろう。
天災は人が手出しできるようなものじゃない。
空気が乾く真冬に、火事なんてものはよくあることだ。
孤児、そんなものだって珍しくはない。
引き取ってくれる者がいるならまだいいが、いなければ奉公に出るなり仕事を得て、自分ひとりで生きていかねばならない。
そこで会話を終わらせて俺は去ることも出来たが、未だ顔をあげない目の前の、月明かりのように弱々しいその子から、目を離すことが出来なかった。
『俺と、来るか?』
『えっ?』
何故そんな言葉が出たのかと問われれば、未だに俺には答える術が無いのだが、このときは、この子を見捨ててはいけないような気がしたからだろう。
その子はびっくりしたように顔を上げた。
『……っ』
──途端、時が止まったかのように心の臓がどきりと打った。
初めて見たその顔は、まるで小さな野花のように力強くもあり、尚且つ非力にも見え、俺は初めて抱いた感情に戸惑っていた。
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