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『これで分かったろ? とにかくお前は家に戻れ。旗本からの遣いが来てるはずだ。いいか───』
そう言う土方さんの話は最早俺の耳には届いてない。血の気が引くように体から力が抜けていく。千歳が自分から旗本の元へ向かったなどと信じられない。いや、信じたくない。
『おい山口──』
嘘であってほしい。
だが、千歳の性格からすれば……。
ああ、なんてことだ。千歳の縁談について想像していた中で一番良くない状況だ。
『……今すぐ家に戻り、父上と話を致します…』
『山口……』
こんな所で話などしていられなかった。即座に駆け出そうとすると、『おい待て』と土方さんに肩を引き止められた。
『なんですか! ここで時間を食っている場合では無いんです!』
『宗次郎を連れてけ』
『え? 私ですか?』
『何故宗次郎を?』
『今のお前は冷静じゃない。お前に限ってそれは無いだろうが千歳のこととなると早まって何を起こすか分からねえ。だから宗次郎を連れてゆけ』
『ですが……』
土方さんに食い下がろうとする俺に、隣から穏やかな声音で近藤さんが両の肩を掴み『連れてゆきなさい』と諭した。俺は、はいと答えるしかなかった。
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