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帰途に着く中、いつもお喋りでちょっかいを出してくる宗次郎は後ろを付いて来るだけで何も話しては来なかった。
きっと俺のことを察してのことだろう。
いや、きっと宗次郎自身も困惑してるはずだ。あれだけ仲の良かった千歳が唐突に出ていったことが寝耳に水だったのだ。
そろそろ家に着きそうだという時、通りをきょろきょろしてる人物が目に留まり、よくよく見るとそれが自分の母親だということが分かった。
手を握りしめ、不安そうにその場を行ったり来たりしており、ふとこちらに気づいた。
『一! 何処に行ってたの!』
『母上……』
『まあいいわ、詳しい話は家で。それと貴方は確か──』
『沖田宗次郎です』
『そう、近藤さんの遣いね? 一緒に来なさい』
三人で家に向かい、目の前にやって来ると戸を開けて母上が真っ先に家の中へ入っていった。それに続いて宗次郎と俺も入ろうとした。
しかし、一番に目に入ったのは見知らぬ男の背中で
、母上もそれが意外だったようで、開けたままの体勢で俺達を塞ぐように引き戸に手をかけていたままだった。
その見知らぬ男はというと父上と言い争っている。
凡そ見当がつくが、この男は旗本の遣いだろうか。
『だから言ったではないか! 千歳はもう山口家の娘ではない! なのに何故後妻になどするのですか!』
『貴様! 己が何を言っているのか分かってるのか!? あの娘を後妻にと決めたのは旗本様だ! 旗本に嫁入り出来るなど、これ程名誉なことは無いのだぞ!』
『……呆れて、ものも言えませぬな。名誉ですと? 嫁ぎ先が嫌で嫌で堪らない者にとっては名誉もへったくれもない!』
鋭く相手を睨み声を張り上げる父上の姿は、家族に対する普段からの思いやりのこもった厳しさとは違い、軽蔑、拒否、それらを含んだ厳しさがあった。
しかし男は父上の訴えなど全く意に介さないように続ける。
『なんだと? そなたがそう出るなら、こちらとて出るとこは出るだろう! そなたを旗本様がお許しになると思われるなよ。この件でそれ相応の処遇が待っているであろうな。愚かだな、父親の今後が危ういと分かった途端大人しく付いてきたというのにあの娘が気の毒だ』
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