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『まず何から話せばよいか……。そうだな、先程ここにいた男のことから話そう』
父上はそう言ってから、目の前で正座する俺を真っ直ぐ見据えた。一方母上には、大凡の話が通っているのか、少し長くなりそうだからと茶を淹れに席を外した。
『あの男は、表面上では旗本に忠誠を誓っている男だ。だが、かといってこちらの味方であるとは限らない。旗本に擦り寄れば甘い汁を吸えると踏んで、さっきみたいに旗本の味方をしているだけのことだ』
つまり、私利私欲の為に仕えているだけということだろうか。
『旗本に与する者はそう多くは無い。さっきの男みたいなのが極僅かだがいるが、その他大勢はあの旗本の性分にはほとほと呆れ果てている』
旗本の性分というのは、きっと噂話にまでなるほどの好色家ということだ。娘を手当り次第に手篭めにしているという噂をちらほら聞く。それも、そのほとんどが嫁入り前だということも。
もちろん、手篭めにされた娘の親は、抗議したくとも相手が旗本であるが故に泣き寝入りするしかないようだった。
『うちだけじゃない。嫁入り前の娘を傷ものにされたと、一部の者からは恨みを買っていたのさ』
『それは知っています。噂でよく聞いていました。ですがそれが千歳を助ける何かになるのですか?』
一向に話が進展しないことに苛立ちが隠せずに率直に訊ねると、父上は『そうだ』と頷いた。
思いもしない返答が帰ってきたので、隣に座る宗次郎と思わず目を合わせた。一体何をしようというのか。
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