人斬り。

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『お前達は前妻の話を知っているか?』 旗本の前妻については亡くなったということしか俺は知らない。もしかしたら近藤さんや誰かしら知っていたのかもしれないが、そんな話は宗次郎も俺も聞いたことがなかった。 二人で首を横に振ると、父上は『そうか』と言って話を続けた。 『旗本の前妻は名を幸(ゆき)と言ってな、歳が若い割に大人びていてそこが気に入られたのだろう、普通なら妾にしていただろうが、旗本はわざわざ本妻を追い出してその幸を正妻にした。本妻もそんな旦那をとっくの昔に見限っていたのだな』 いくら女好きとはいえその話だけでも衝撃的だったが、次に聞かされた父上の話に俺と宗次郎は絶句した。 『そして、晴れて正妻の座についたその幸はまだ十八だった。だが若かったのにも関わらず早くに亡くなってしまった。何故だか分かるか? 自分で命を絶ったからだ』 『え……』 自ら命を断つことを選んだ。それはつまり精神的にも、その周りの環境的にも追い詰められていたからということだ。 旗本が何をしたかは分からないが、あの性分から考えて女遊びは止めなかっただろうし、正妻を追い出したことに引け目を感じて色々と気苦労が耐えなかったのだろうか。 もしも千歳がその後妻として嫁ぐことになったとしたら、同じ悲劇が繰り返されるかもしれない……。 『なんてことでしょうか……。やはり、何がなんでもこの縁談は止めなければ……!』 宗次郎はそう言うが、簡単に始末をつけられる問題じゃない。第一、父上のおっしゃる考えとやらが何かは知らないが、旗本相手にそう易々と解決出来るとは思えない。 それ相応の犠牲が必要だ。 『父上、前置きはさておいて本題に入りますが、さっきの考えとやらをお聞かせください』 『実はな、その幸という娘のご両親が一連の事件を大層恨んでおられてな、密かに旗本を抹殺しようと企てているとついこの間聞かされた』 『『え!?』』 なんということだ。殺そうとしていただなんて。宗次郎と二人して声を上げて驚いてしまった。
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