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今の全ては父上に掛かっていると言っても過言じゃない。
そんなこんなであらゆる考えを巡らしていると、戸口が微かに動き、そこに神経を集中させるとそのまま戸が開いてゆく。
『……今戻った』
『父上!』
『一(はじめ)……』
そう言って力無さそうに微笑んだ父は、草履を脱ぐために土間を上がったところに腰を掛けた。そこへ足を洗う為にと水の入った盥を母が持ってくる。
見るからにいい報せなど無いことは、父上を見る限り明白だった。しかし聞かずにはいられないので恐る恐る訊ねる。
『……どうでしたか?』
『……金子が、足りぬそうだ。暗殺をするにしても人を雇わねばならん。人を殺めるのだから、逃走する金子も用立てねばならない……』
『そうですか……』
金子が足りないのではあればかき集めればいいと思うが、貸してくれる者一人一人に頼まなければならないし、第一そんなの二日三日で集まるはずがない。
『祝言はいつ執り行われるのですか?』
『明日だそうだ』
『明日!?』
驚きの余り声を張り上げたが、そのすぐ後には目の前が真っ暗になっていくような感覚になる。母上に至っては今にも倒れそうなくらいだ。
『仮にも明日祝言が控えているというのに、呑気な旗本様は今晩吉原で大枚をはたくそうだ。全く……呆れて言葉が出ぬわ』
『目先の欲しか見えていないのですね……』
内心ため息が出る。
これはもう白旗を上げるしかない。前回みたいに此度もうまくかわせるかと思ったが、そうはいかないみたいだ。為す術もない。
向こうはもうこれで邪魔されないと踏んだのか女遊びに走るとは。
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