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ある日、男の子が千歳に言った。
『千歳お姉ちゃん、僕、蛙が見たいんだ』
その約束が交わされたのは昨日の話。千歳に出会ってから俺は十七にもなり、それと同じく千歳もまた年頃の娘らしく育って──
『はじめくん! そっちに蛙が行った! 捕まえて!』
『はぁ……、また泥で着物が汚れるぞ。母上に叱られても俺は知らないからな』
年頃の娘らしい、おしとやかさなんてものは千歳には無関係だったようで、今もこうして田んぼに入って蛙を取っている。
唯一変わったことなんて、せいぜい背が伸びたことくらいだ。
『はじめくんってば! 真剣に取ってよ。けん坊が蛙が欲しいって言ってたんだから』
『分かった、分かった』
しかしそうは言えど、近所に住む病弱なけん坊──健吉の為にこうして一生懸命なのが、千歳の良いところなのだろう。
やり方が少し雑すぎると思うが。
『──あっ! 取れたよ、はじめくん! ほらほら!』
そう言って包み込むように持つ手の中には、小さな小さな蛙が一匹入っていた。
『こんなに小さな生き物でも、ちゃんと心の臓がとくとくと動いてる……』
『それはそうだろ。
ちゃんと生きているんだから』
『うん。この蛙も生きようとしている……けん坊の病気だって、きっと治るよね』
『……ああ』
近所の長屋に住んでいる健吉は、赤子のときから病弱だったが、今は、麻疹(はしか)にかかって臥せっている。
健吉もこれを乗り越えられると良いのだが、七歳までは神の子といわれるように、何が起こるかは分からない。
千歳もきっと何かを感じ取っているのだろう。
俺は千歳の気を逸らすように、その鼻っ柱を掴んだ。
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