第2話

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彼がなにをやっていたのか知らないまま、 僕は先生の作品を焼いている彼をうらやみ、 教えてくれない彼をうらめしく思っていたのか。 藤井さんは僕の持っていたポートフォリオを取り、 それを顔をゆがめてめくった。 「お前と俺のなにが違うのかわからなかった。 技術や知識についてはお前に負けるとも思わなかった。 オリジナルの才能なんてのは、 ただのアシスタントに必須とも思えなかった。 まあ、オリジナルの才能についても、 お前に負けているとも思わなかったけどな。あのころは」 「負けてませんよ」 つぶやくと、藤井さんは鼻で笑った。 「お前、長塚先生とできてると思ったんだけどな」 「なにを馬鹿なことを」 僕は笑ったが、藤井さんの目に表情はなかった。 「先生と玲子さんってさ。 セックスレスだって知ってたか?」 彼は冗談を言っているのではなかった。 そして、そのことを葬儀の日、 僕も知ることになったのだ。 シーツの鮮血に 僕はみっともないほどにうろたえた。 彼女がどこか怪我をしているのだと本気で考えた。 それは彼女の腕にあった、 無数の傷に気付いたからでもある。 ただそれは古いもので、黒ずんだ痕になっていたし、 彼女の話から最近のものではないとわかっていた。 「むかーしむかしね。この傷は」 「玲子さん、女優をしていたときは」 「舞台ですもの。それに前衛劇で 身体にドーランを塗りたくってもいた。 なにも問題なかったわ」 そう言いながらもところどころ、 さほど昔ではない傷にも気付いたけど、 血はそれが原因になるほど、新しいものではなかった。 「うろたえることはないわ」 新しい傷を探そうとする僕に、 玲子さんはよわよわしい声で言った。 「はじめてのときって、そういうものって 聞いたことがあるけど」 玲子さんはティッシュを当てて、 血のついた紙をまじまじと見つめている。 「ほんとうにそうなのね」 その意味がわかるまで、僕は馬鹿みたいに、 シーツの血を見ていた。 「セックスレス」 どうしてそのことを藤井さんが知っているのか。 どうしてその話をし始めたのか。 混乱のなか、ぼんやりとオウム返しに呟く。 「なんだ。本当に先生とも 玲子さんとも何にもないのか。お前」 「え」 「そうか。知らないのか」 藤井さんはしばらく不思議な生き物でも見るように、 僕を眺め、ほほに触れた。 「赤ん坊みたいだな、お前」 「え」
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