第2話

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「なんにも知らないってさ。無邪気ってさ。暴力だって、知っているか」 片頬だけ上げて彼は笑う。 そして、さっき彼がぶつけて痛む僕の頬を、 やんわり撫でた。 「痛むか」 「いえ。たいしたことは」 答えと同時に、彼の唇がその箇所を撫でていた。 動かなかったのは同意じゃない。 何が起きているのか、脳が処理しきれていないのだ。 だがそれを、同意と受け取ったか、 隙と思ったか、藤井さんは舌でねぶり、 気がつくまもなく唇を貪られていたのだった。 舌が口の中にまで押し入り、 ジーパンのファスナーが降ろされた瞬間、 ようやく覚醒する。 頭を振って彼から逃れようとした。 「こういうの、先生とない?」 藤井さんともみ合う形で、床に崩れる。 体重をかけられ、見下ろされたとたんに、恐怖が襲う。 生物的な恐怖。 無防備で命をすべて預けているかのような、感覚。 その下から見上げた視点に、僕は玲子さんを重ねた。 葬儀の日。 彼女はきっと、僕が怖かったのではないか。 振り払えばいつだって、やめるつもりでいたけれども、 動けなかっただけではないか。 彼はジーンズの隙間に指を差し入れて 「ないみたいだな」と苦笑して、体を起こした。 「まあ、だから、まわりが妙な噂をたてているのを聞いてさ。 それなら仕方ないさって思った。 お前と先生ができてるんなら、仕方ないし。それに」 藤井さんは「あー、つまんねーな」とつぶやいて、 自分のポートフォリオを部屋の隅へと投げた。 「なんでお前、先生のプリンターなんて、 十年もやってたんだよ」 「それは長塚先生の作品が好きで……」 「まあ、なあ。そこが俺とお前の違いなんだろうけどさ」 「違い……」 「俺は自分が前に出ることしか、考えてねえよ。 先生は踏み台のひとつと思ってたしさ」 「踏み台……」 「関係あったのは、俺だしさ」 「え」 「まじで、知らねえってか。 だからさ、先生、ゲイってか、両刀なのかな。 よくわかんねえけど。どっちみち誘ったの、俺だけどさ」 「怒るなら怒れよ」 そう言われたけど、いったいなにに怒ればいいのかも、 わからない。 ただ、玲子さんと先生がセックスレスだという 理由がわかっただけだ。 僕は混乱に頭を振る。 「ほら、これ」 藤井さんはもうひとつ、ファイルを放ってきた。 めくると、カラーのおそらくはポジフィルムで 撮ったのだろう写真が入っていた。
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