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6
客たちがすべてギャラリーを出たのだろうか。
あたりはずいぶんと静かになり、
一階の展示室の明かりも消えた。
パーティの後片付けをしている関係者らしき姿が
たまに、階上にあがってくる。
僕と藤井さんは締め切られた一階の
ギャラリーの入り口のそばに座りこんでいた。
座った通路に扉はついていないので、
舞い込んだ街路樹の葉やちりが床に散らばっている。
風の強い日だ。
ここ数日は春というより初夏の暖かさだったが、
夜は寒くてジャケットの下にTシャツを着ただけでは震えがくる。
ジャケットの前をかきあわせている僕を見て、
藤井さんは「お前も呑めばよかったのに」と
膝の間に顔を伏せたまま、くぐもった声で言った。
「藤井さんと違って、まったくの下戸なのを、
知っているでしょう」
「俺と違って、な」
僕の責めるみたいな声を、彼は笑った。
すでに藤井さんにはうんざりとさせられていたが、帰れなかった。
パーティの最後まで彼は呑み続けて、
追い出されたのだった。
ワインをかなりのスピードで
水のように呑んでいたこともあって、
さすがの藤井さんも足元が揺らいでいた。
タクシーを呼ぼうとしたら「車で来た」という。
そんな人は放っておけばいいのに、
僕はどこにもいけない。
目の前には美術館で始まる、
長塚了一回顧展のポスターが貼られていた。
シンプルなデザインだ。
先生の写真を決して邪魔していない。
半分以上を写真で埋められ、完全なバランスで
タイトルと日付やスポンサーなどの必要事項が入っている。
思わず笑んだ。
一度、先生が写真集を出したときに、
装丁デザイナーと喧嘩をしたことがあったのを思い出したのだ。
先生が声を荒げたのを見たのは、
あれが初めてだった。
壁の写真だった。
ざらついたコンクリートの壁。
質感がとてもすばらしかった。
冷たさ、手触り、場所の温度や空気、かつていた人の気配、
今から起こりうる不穏さ……
そんなものすら写しだされているような写真だった。
それにこともあろうかデザイナーは、
ペンキで塗ったみたいな文字を入れたのだった。
その見本が出たとき、先生は
はたで見ていてもわかるくらい、顔色を変えた。
「これは私の写真集ですが」
先生の言葉を、目の前の編集者は理解できなかった。
デザイナーはキャリアの長い、その世界では有名な人だった。
たしかにクールで格好のいい装丁かもしれなかった。
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