第2話

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けれど僕から見ても、もとの写真は台無しになり、 先生の作品ではなく、その装丁家の作品になっていた。 「格好良く仕上がりましたよね」 編集者は先生の顔色に気付かず、言ったのだった。 「没にしてください」 「は」 「広告の世界では、写真をそのように使うことは 理解できますが。これは私の写真集です」 普段は穏やかな先生の口ぶりが変わっていたことに ようやく気付いた編集者は、うろたえた。 うろたえながらも、そのデザインを通そうと 必死なのが見てとれた。 その裏には忙しい装丁デザイナーに無理を言ったこと、 入稿が近付いていて、一からやり直すのは難しいこと、 すでにこのデザインで広告を打ってしまったことがあげられた。 それに写真集はとある町の復興企画のひとつで、 役所がらみということもあり、 時間の融通もきかなかった。 それでも先生は直接、デザイナーに連絡をとり、 相手の事務所に出向いてまで論争した。 写真についての先生の考えが聴けた ある意味、貴重な体験だったが、 ただでさえ外国人にも見える彫りの深い顔立ちのうえ、 目つきの鋭い先生が怒った姿を見て、 さすがに僕も凍りついた。 それに一歩もひかない、 装丁デザイナーもすごいとは思ったけれど。 結局、写真集はそのまま出てしまった。 先生は終わったことには執着しない性質だけれども、 そのことに関しては長らく腹をたてていて、 次の版が出るときにようやく、デザインを変えさせた。 それ以来、面倒がりながらも、自分の写真集には 懇意のデザイナーと話し合いながら作るようになったのだ。 「お前、ほんとに長塚先生が好きだよな」  熱心にポスターを見つめる僕に呆れたのか、 顔をあげた藤井さんに、そう言われた。 「好きですよ。もちろん」 鼻で笑われても、真実だった。 僕はこの十年間、長塚了一に すべての時間をささげてきたといってもよかった。 その前の自分がなにを考えていたのか思い出せないくらいに、 先生の作品についてのことばかり考えていた。 そこまでの思い入れはたしかに異常かもしれないけれど、 藤井さんだって先生のアシスタントをしていたではないかと、 彼の顔を見た。 目は多少赤らんでいたが、 いつもの藤井さんのにやにや笑いと目が合った。 「まったく、てらいがないなあ」と言いながら、 藤井さんは立ち上がった。 ほっとして同じように僕も立ち上がると、
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