第2話

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彼が足をよろめかせたのであわてて支える。 きつい酒の匂いが鼻をつく。 「タクシー乗り場まで送りますよ」 「車で来たって言っただろうが」 「でも、それじゃあ、捕まりますっていうか、事故ります」  藤井さんは僕の肩に腕をからめたまま、にっと笑った。 「お前が運転すりゃあ、いいだろう」 深くため息をつくと、 藤井さんは癇癪めいた高い声で笑った。 あきらめて彼を支え、指示されるままに、 駐車場へ向かう。      7 藤井さんの住む仕事場兼住居は、 都心で駅も近かった。 だが、暗くて古びているうえエレベーターは なぜか三階からついている。 半分眠りかけていた藤井さんを抱えるようにして エレベーターのある三階まで上がるのは、大変だった。 そこから五階まではエレベーターを使い、 また座り込んでいた彼を引きずって部屋の前まで行く。 廊下は電気が切れかかって緑がかった光が 不規則に点灯しているのが、妙に不気味で さっさと藤井さんを置いて、帰ろうとした。 「どこへ行くんだよ」 ドアの前に置き去りにしようとしたのを察した彼は、 非難がましい声で言った。 「もう、遅いですから」と言えば、 返事のかわりにキーホルダーを放ってきた。 ため息をついて、鍵を探し出す。 ドアが開くと彼は面倒くさそうに這って暗い部屋に入るので、 玄関の電気スイッチをつけた。 「もらったビールが山ほどあんだよ。飲んでけよ」 藤井さんはそのまま、這いつくばって台所へ行き、 冷蔵庫を開けていた。 玄関の白熱灯の光と冷蔵庫の青白い光だけが、 ごたごたした独り暮らしの男の部屋を照らしている。 僕はここに初めてきたのだった。 玄関先のプレートには「スタジオ フジイ」と なってはいたが、ほとんどが住居スペースのようだ。 この建物はアパートでもあるようだけど、 小さな事務所が多く入っているみたいだった。 ほとんどの部屋が、こんな感じなのかもしれない。 普段着で真夜中にパソコンに向かっている人々。 細々としたけれど、厳しい納期をひたすらこなす仕事。 彼に名刺をもらったとき、都心のいい場所に独立して、 ずいぶんと羽振りがいいんだなと勝手に思っていた。 実際には暗くものさみしいアパートに見えるのは、 夜のせいだろうか。 あるいは独立した彼をうらやましく思っていた僕が、 現実を見てすこし見下したのだろうか。 それでも中途半端な僕よりは、 よほどいいと苦笑する。
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