第2話

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「まあ……僕は藤井さんのおかげで、失業しましたしね」 しかたなく、彼の調子に合わせて軽く言う。 「そんなこと、思ってないくせによー」 「思ってますよ。僕にできることはほかにないんですから」 「はは、ほかにない、ときたか」 へらへらと言う藤井さんの顔は、 ちっともへらへらとしていなかった。 僕はどうにも、この人の真意が読めない。 読めないまま、いつも怒らせてしまうと、 彼のちらと睨みつけてきた目に、 また、やってしまったらしいと、目をそらした。 「まあ、いい腕だよな。 デジタルの時代とはいえ、いやだからこそかな。 ああいう職人芸っての? みんながほしがるのもわかるさ、そりゃ」 「そんなことは……」 「プリンターの腕もあるけどさ、 おまえ、それだけじゃないしさ。 撮影の技術にしても、知識にしても、 しかも頭でっかちでもなくてさ。 感性ってやつも、いい。 おまけに仕事がなんでもできる」 「それは買いかぶりですって」 「ばーか。買いかぶってんのは俺じゃなくて、まわりだよ。 そう言ってんの、みんな」 みんなって誰ですかと訊こうとして、 また彼を怒らせてもいけないと黙った。 彼は質問されることを嫌う。 それだけは、経験上、知っている。 そつがない、とは言われたことがある。 僕はそれを「才能がない」と変換した。 僕ていどの才能なんてごろごろといる。 それは長塚先生のところで、いやというほど知った。 だから藤井さんが言う買いかぶりの言葉は、 僕にとって「たいした才能がない」と 言われているに等しいのだ。 ああ、そういうことを彼が言いたいのならわかる。 ならなぜ、僕のプリンターとしての可能性を ふさごうとするのだろう。 「みんながほしがるお前を、俺のものにしたい。 というのは、理由になるか」 女じゃあるまいし、と冗談にしようとしたが、 彼の目は笑っていなかった。 「そんなにほしがってませんよ。 たいていの写真家は自分で焼きたいもんですしね。 ほしがるのはとてつもなく忙しい人たちか、 焼くのがもどかしいほどに、撮影したい人」 「ああ、長塚先生のようなね」 「そうですよ。 先生はどこまでも撮り続ける人だったから」 ふいに、玲子さんの持ってきたストレッジボックスの カラーフィルムのことを思い出す。 大量のなんでもない写真群。 ときおりピントも構図もあっていないものすらある。 歩きながら撮ったみたいなもの。
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