第2話

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物思いにふけるように見上げる空。 計算されないハレーション。 なにか一瞬、見えた気もして、 もっとフィルムの中身を思い出そうとした。 「なんていうかさ。 お前のそういうところがいろんな噂を呼ぶんだな」 「噂?」 「お前と長塚先生があやしいとかさ」 「なんですか、それ」 「玲子さんと三角関係ってのもあったな。 お前と玲子さんがあやしくて、長塚先生が荒れたとかさ」 「はあ、好き勝手ですね」 僕はその突拍子もなさに怒るというより、 呆れて笑ってしまった。 「それくらい、お前みたいなやつが 長塚先生一筋ってのが、変なんだ」 「変かな」 「変だよ。長塚先生にしたって、 ずっとお前を置き続けていたのも、変だ」 好きな作家と仕事がしたい。 それがそんなに変なことだろうか。 僕は首をひねる。 「それはでも、藤井さんだって先生のアシスタントをして、 焼いてもいたんだから……」 「たった二年だぜ」 「二年も、ですよ」 その二年間は先生のアシスタントの空きがなかった期間で、 僕はもどかしい思いをした。 藤井さんに嫉妬すらしたのだ。 先生につけないのなら別の道を探そうと、もがいていた。 けれど、そのことは当人には言えない。 「ああ、そうだ」 ふと先生のアトリエで疑問に感じたことを思い出して、 あたりを見渡した。 写真集がまとめてある本棚はすぐに見えるところにあり、 見慣れた長塚先生の写真集は、さすがにすぐ、わかった。 「このあたりでしたっけ。 <ボーダー>。藤井さんがかかわっていたやつ」 写真集を引き出すと、かなりめくったのだろう、 傷みが激しい。 カバーの端は破れてめくれ、手垢で黒ずんでいる。 付箋もたくさんついている。 僕は嬉しくなった。 藤井さんが徳田さんに言ったように、 実際には今まで僕たちは先生の話をしながら 飲んだことはなかったけれど、 そうしてもおかしくはなかったのだ。 「ねえ、藤井さん」 本を持って彼を振り返った。 藤井さんは天井を見上げてビールをあおっている。 「<ボーダー>ね。まあ、そうだな」 「これ、いいですよね。国境地帯を撮ったやつ。 先生はあまりコンセプチュアルなものを撮らないから 珍しいっちゃ珍しいんですけど。 藤井さん、これの撮影について行ったんでしょう」 あのころ、年に数回の先生の講義をただ聴くだけだった。 二年上の藤井さんが先生の撮影についていくために、 半年休んでいるという話をきいて、
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