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うらやましく思ったものだ。
同じ学生で、すでにプロの最前線に
足を踏み入れている者がいるのだ、と。
「行ったな」
僕の興奮とはうらはらに彼は醒めていた。
それにとまどいながらも、
つい、彼に質問をしてしまったのだ。
「藤井さんはどれを焼いたんですか」
彼にすごい目で睨まれても、
その一言が怒らせたのだとは気付かなかった。
それから「質問」を彼が嫌うのだと思いだし、
なんとか違う言い方で訊くことができないか探った。
いつか<ボーダー>の話を訊いてみたかったし、
先生の話題はふたりの共通項でもあるのだ。
うろたえながらもページをめくり、
「これとかどうです」などと彼の関心を引こうとした。
僕は彼が自分と同じように長塚先生を尊敬し、
作品を愛し、それについて語ることを
幸福と感じるのは、当然だと思っていた。
だから彼が大切な写真集をつかんで
部屋の隅に投げたとき、
なにが起こったのかわからないでいた。
「うるさいんだよ、お前は」
隅に不自然に開かれてつぶれた本を見た。
変な折り目がついてしまうとあわてて拾い上げると、
藤井さんはとりあげて、台所へ走った。
なにをするのかと追えば、
ライターで火をつけようとしている。
「ちょ、なにをするんですか!」
藤井さんの腕や肩をつかむと、
彼は肘で僕をはらいのけようとして、
頬をなぐられる形になった。
痛みに一瞬、くらんだすきに、
彼はライターで本を炙った。
火は紙にうつったが、僕はあわてて本を奪い、
水を出してそこに突っ込んだ。
火はすぐに消え、端が焼けただけですんだが、
再び彼がそれを取り返そうとするのではないかと、
しっかり本を抱えて振り返った。
けれど、それを奪ってまで、
藤井さんは焼くつもりはないようで、
暗い目をして流れる水を見ていた。
「藤井さん、酔ってますね」
焦げ目がつき、水を吸ってふくらんで
台無しになった写真集を見た。
一瞬、頭に血が上ったが、
茫然とたたずむ彼に、そう言うのが精いっぱいだった。
それは彼がやった激しい行為とはうらはらに、
しょげかえっていたからでもある。
いつもそうだ、と僕は思った。
傷つけられたのはこちらなのに、彼が傷ついている。
だから僕はそれ以上、怒りを持続できない。
「酔ってねえよ」
藤井さんはそう言うと、
肩を落としてビールの缶が転がる部屋へとひきかえした。
僕は流したままだった水道の蛇口を閉め、
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